史料編纂所は、東大本郷キャンパスの赤門を入ってすぐの年季の入った建物にある。そこで日々、地道な仕事を続ける研究者が広く知られることはほとんどない。本郷は、その枠に収まり切らない。
日本は諸外国に比べても歴史史料が豊富に残っている国だ。侵略され、滅ぼされたことがないからだ。しかしそのことによる弊害もある。史料に寄りかかりすぎ、記録の解釈に忠実であるあまり、新しい視点を提示したり、多様な見方を論じたりすることが難しい。史料編纂所が象牙の塔になっていると本郷は嘆く。
日頃の研究の成果を社会に還元するべきだと考え、大手出版社と組んで「歴史講座」を企画したことがある。シリーズ全10回。「歴史を変えた人物」というテーマで聴衆を集め、講師は編纂所所員が務める。質疑にもたっぷりと時間をとる。話の内容を文章化し、書籍にまとめる。2年かけて所内の了解も得た。しかし最後に教授会で「一人の人間が歴史を変えるなんて、勘弁してくれ」と否定された。ショックだった。(文/高瀬 毅)
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