「キャリアを考えれば、週末の研究会に出たり、学会での発表も大事なんですが、今は無理と割り切っています。やっぱり家族が大事ですから」(義徳さん)
手術から1年、肺への転移が見つかった。「転移すればいきなりステージ4。さすがにショックでした」と知美さん。肺の一部を切除し、それまでとは違う抗がん剤の投与が始まった。もしこの先、今の抗がん剤が効かなくなったら……。
不安に苛まれながら、知美さんは「5years」というがん経験者のコミュニティーサイトを覗いた。同サイトには患者や病気を克服した元患者、家族ら8千人超が登録している。その体験談の中で「がん遺伝子パネル検査」の最新情報を見つけた。患者本人のがん組織を用いて多数の遺伝子を同時に調べる先端的検査。遺伝子変異が見つかり、変異に対して効果が期待できる薬がある場合は治験に参加できる可能性が高まる。
話を聞いた義徳さんも「ぜひチャレンジしよう」と検査に賛成した。ふたりは当初計画していた夏休みの沖縄旅行をキャンセルし、一緒に検査が可能な東京の病院に向かった。
がんに向き合う家族の中には、治療方針を巡って対立してしまうケースも少なくない。患者本人の意向を無視して、周囲が「◯◯すべき」と自分の考えを押し付けることもある。その点、義徳さんは知美さんの話に耳を傾け、一緒に「今できることをやろう」というスタンスを貫いてきた。
肺転移から半年後の18年秋、がんはCT画像から消えた。主治医も驚くほど抗がん剤が効いたのだ。体調も良くなり、年が明けてからはそれまで送迎が難しいからとあきらめてきた子どもたちの習い事を増やした。さらに知美さんは、がん患者の看護を専門的に学ぼうと、大学院を受験し、合格。しかしその数日後、胃の入り口近くのリンパ節にがんの再発が見つかった。
現在も治療は続く。最近、遺伝子検査で、効く可能性のある薬が見つかったという。
「目の前のことを一つ一つ乗り越えていくしかないよね」
瀧澤さん夫妻はそう言って、うなずきあった。