「インファナル・アフェア」などで知られる香港の人気俳優、アンソニー・ウォンが新作映画の公開で10年ぶりに来日した。混乱する香港情勢のなか、発信し続ける彼に、その思いを聞いた。
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映画「淪落(りんらく)の人」は、事故で半身不随となった男性とフィリピン人家政婦が心を通わせていく物語。32歳の新人監督の作品だ。アンソニー・ウォン(58)はノーギャラで出演している。
「これまでの香港映画にはない題材だからこそ、やらなければと思ったのです」
香港映画は警察や裏社会がテーマになることが多い。ウォン自身も警察とマフィアの内幕を描いた「インファナル・アフェア」(2002年)でブレークした。
「たしかにあの作品はあのジャンルの最高峰だったけれど、僕は常々『もっと映画にはいろいろ語るべきことがある』と思っていました。いまの若い監督が描く物語は実に生命力に満ちています。香港返還後、多くの香港の映画人が中国に行き、大規模な作品を撮るようになった。香港に残った若い監督たちは想像力をかきたてて、身近な問題や自分たちの語りたいことを表現するようになったのでしょう」
本作の背景には監督自身の母が事故に遭い、車椅子生活となった事実もある。
「実は僕の母もここ10年以上、車椅子生活をしていました。その様子を毎日見ていたので、演じる難しさはそれほどでもなかった。ただときどき、動かないはずの足を思わず動かしてしまって、失敗しました(笑)」
なごやかに語るウォンだが、この5年ほど、仕事面で苦境に立たされてきた。14年に中国政府による「芸能界ブラックリスト」を見て「おかしい」と発信したことが発端だった。
「チョウ・ユンファ、トニー・レオン、みんなブラックリストに載っていました。これを見てSNSで『こいつらを封殺すべきだ!』など煽る者もいた。反論すると、状況がどんどん悪くなっていった」
さらに14年の「雨傘革命」を支持する意見をツイートしたことで、「こいつは香港独立派だ!」などと誹謗中傷を受けた。中国市場の映画に出演できなくなり、5年間ほぼ収入なしに。