松鯉:名跡というのは継いでみないとわからないところがある。まだ36歳だから伸びしろがあるし、心配しなくて大丈夫だよ。

松之丞:真打になれば弟子を取ることになりますが、やはり弟子も取ってみないとわからないもんですか。

松鯉:弟子も生身の人間だからね。10人いたら10人まったく異なるから、接し方、話し方、稽古のつけ方まで一人ひとり変えなくてはならない。でもそれを乗り越えて師弟の絆が築かれていく。入門した時点で自分の子どもになるようなものだから、真打になってもみな可愛い。

松之丞:育ててもらって言うのもおかしいですが、弟子を取るって大変ですね。僕に出来ますか(笑)。でも継承という意味では師弟は大切ですよね。

松鯉:同じ志をもって生きるという共通点が師弟の基盤になっている。自分の子どもみたいに「成人したらあとは自分で生きていけばいい」とはならない。伝統芸能の継承には親とは違う責任があるからね。ネタ、すなわち私が継承してきた演目を弟子に伝え残していく責任。もっとも重要なことは講談に対する私の考え方を引き継いでもらうことですね。

松之丞:特に師匠が大事にされてきた「連続物」と呼ばれる膨大な長編ものは、自分の生涯を通してやっていきたいと思っています。そういえば、僕、面接して入門の許しを頂いた時いわれた言葉が忘れられないんです。「ひとつだけ約束してほしい。絶対にやめるな」って。

松鯉:入門したら多くの時間をかけて教え、先輩からも教えてもらう。やめることは時間だけではなくいろんな人の思いもすべて無駄にすることですから。

松之丞:いわれた時はよくわからなかったんですけど、つらい前座修業を支えたのは師匠のこの言葉でした。僕は今チヤホヤされていますが、これから先どうなるかわからない。「やめるな」というのは意味のある深い言葉です。僕は太鼓も着物の畳み方も下手、楽屋で気が利かないなどダメ前座だったのですが、一度師匠が僕を守って、お客さんとけんかしてくれたことがありましたね。

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