小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)が発売中
小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)が発売中
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2019年9月、朝日新聞のインタビューに答える緒方貞子さん (c)朝日新聞社
2019年9月、朝日新聞のインタビューに答える緒方貞子さん (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】緒方貞子さん

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 緒方貞子さんが亡くなりました。私はかつて「時事放談」という番組でご一緒した他に、一度取材でお話を伺う機会に恵まれました。元国連難民高等弁務官の緒方さんの功績はここに述べるまでもなく偉大なものです。危険を冒して現場に赴き、故郷を追われて行き場をなくした人々の声に耳を傾け続けました。

 JICAの理事長をされていた緒方さんを訪ねた時のこと。「世界から戦争をなくすことはできると思いますか?」と伺った時のお答えは、忘れられません。

「残念ながら、世界から戦争がなくなることはないでしょう。でも、戦争をなくすことができると本気で信じる人にしか、世界を変えることはできません」

 目の前がパッとひらけたような思いでした。本当にその通りです。どうせ戦争はなくならないと思っている人には、何も変えられない。命がけで人助けをすることも、紛争の当事者に根気強く働きかけて和平を実現することもできないでしょう。

 ここ数年は世界各地で「本音で語る」政治家が正しいとする風潮があります。理想を語る人びとを嘲笑し、「そんなきれいごとじゃ何も解決しない!」と豪語する。あるいは理不尽な世の中に怒る人々に耳を傾けず、半笑いで「もっと現実的に考えましょう」といなす態度が知的だとされがちです。

 そんな人々がメディアで幅をきかせているのを見ると、真面目に考えてもムダだと思いたくなります。でも、世界各地で危険に身をさらし汗を流しながら、今も本気で平和な世界を作ろうとしている人たちがいます。それができなくても、身近な平和を大切にする人たちの小さな力が集まって、世界は少しずつ変わっていく。そのことを、緒方さんの言葉は教えてくれます。現実は厳しいけれど、私たちは決して無力ではないのです。

AERA 2019年11月18日号