姜尚中(カン・サンジュン、右):1950年生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。主な著書に『悩む力』『続・悩む力』『ナショナリズム』『維新の影 近代日本一五〇年、思索の旅』など多数/Danny Orbach:1981年、イスラエル生まれ。ハーバード大学で博士号(歴史学)取得。専門は軍事史、日本および中国近現代史。現在はエルサレム・ヘブライ大学アジア学部の上級講師(撮影/門間新弥)
姜尚中(カン・サンジュン、右):1950年生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。主な著書に『悩む力』『続・悩む力』『ナショナリズム』『維新の影 近代日本一五〇年、思索の旅』など多数/Danny Orbach:1981年、イスラエル生まれ。ハーバード大学で博士号(歴史学)取得。専門は軍事史、日本および中国近現代史。現在はエルサレム・ヘブライ大学アジア学部の上級講師(撮影/門間新弥)
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 日本軍兵士がたびたび暴走したのはなぜか。明治初期の「バグ」に目を向けたイスラエル人軍事史家のダニ・オルバフさんと政治学者の姜尚中さんが、今の日本に引きつけて語り合った。AERA 2019年9月30日号に掲載された記事を紹介する。

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姜尚中:昨年は明治維新からちょうど150年。明治国家を振り返り、改めて考察する年となりました。ダニさんが著した『暴走する日本軍兵士──帝国を崩壊させた明治維新の「バグ」』(朝日新聞出版)は、明治初期は明るかった日本が日露戦争を経て暗くなっていったという、日本人の共通意識を覆す内容です。

ダニ・オルバフ:多くの日本人は、日露戦争が終わってから日本は落ちていった、と思っていますよね。実は明治国家が始まった時に、不服従のルーツとなる志士イデオロギーというバグがすでに存在していたのです。

姜:明治維新後、華々しかった日本が次第に変質して国家主義へと変わっていった、というコンセンサスは、丸山眞男にも司馬遼太郎にもありました。それに対して、この本では「そうではない」と間接的に言っていますね。こうしたダニさんの論によって、近代史の見方が今後変わってくるかもしれません。

ダニ:志士イデオロギーの最たるものは、明治初期に維新志士を靖国神社で祀ることにした政府の決定からもわかります。

姜:幕末の志士とは、ある種の暴力、テロを通じてでも物事を変えていこうという人たちですよね。

ダニ:山縣有朋や大山巌ら何人かの志士が陸軍将校になったように、明治は確実に幕末を引きずっています。その後、西南戦争、張作霖爆殺、二・二六事件など、政府や軍上層部の意向を無視し、兵士が暴動、暗殺、クーデターへと突き進んでいった源となるバグが、明治初期にすでに埋め込まれていたのです。

姜:司馬さんは、『この国のかたち』で「統帥権によって日本は魔術の園にいた」と書いています。

ダニ:私も一番大きな間違いは、統帥権体制のあり方だと思っています。明治の国家は急いで作られたため、日常的に問題が発生し、解決するために新しい構造を作らなければなりませんでした。急いで動くと、間違いが起きるものです。同じ統帥権を置いていたドイツには軍事的内閣がありましたが、日本では作られませんでした。ドイツの場合、軍事内閣で皇帝は軍の統制ができましたが、日本の天皇の統帥権は違います。天皇の命令でなければ軍隊を動かせないことになってはいますが、天皇が意思を直接示すことはまず考えられません。実際には軍上層部が天皇の意向を想像して軍を動かしました。この危ない志士のアイデアが、明治政府に受け継がれたのです。こうした軍の二重構造の「バグ」が独断実行を是とする第2の「バグ」を生み、際限のない侵略と暴動を繰り返すバグとなっていったのです。

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