政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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ホルムズ海峡付近でのタンカー攻撃事件後、米国は中東に米軍約1千人を派遣すると発表しました。この際に「米国はイランとの紛争を求めていない」と声明は出したものの、一触即発のムードが漂いはじめています。米国がタンカー襲撃事件のイランの関与を主張し、国際的にも同調を求めている状況などは、いくつかの物的証拠を提示し、多国籍軍が先制攻撃をしかけたイラク戦争を彷彿させます。
かつてブッシュ大統領が「悪の枢軸」と呼んだイラク・イラン・北朝鮮。イラクは体制が崩壊し、残るはイランと北朝鮮です。米国は、核保有国でミサイルを飛ばしている北朝鮮に融和的な対応をする一方で、核合意を順守し、なおかつ核実験もミサイル発射もしていないイランに対しては強硬姿勢です。1979年のイラン革命から事実上40年。米国はイランのレジュームチェンジをさまざまな形で働きかけてきたものの、効果は出ていません。
実際に戦争に向かわなくても、イラン包囲網を固めることによって内部から何らかの変化が起きるのではないかという読みもあるのでしょうし、準戦時状況を作り出すということは、トランプ大統領にとって再選のための大きなレバレッジになりえます。
今、イラン情勢は瀬戸際にきています。偶発的に戦争になることもありえます。一部のメディアでは米国のベトナム介入のキッカケとなった、米国自作自演のトンキン湾事件の再現を危惧する声もありますが、イランの核合意の履行に最も熱心なドイツのメルケル首相が、タンカー攻撃の背後にイランがいる「有力な証拠」がありそうだと述べるなど、真相はまだ藪の中です。ただ、最悪の場合、米国が英国などとの有志連合でイランに武力による制裁を加える可能性を排除できません。
その意味で、今月の28日から大阪で開催されるG20は、大きな山場となるでしょう。ホスト国として日本は、イランのロハニ大統領をオブザーバーで呼ぶくらいの政治手腕をみせて欲しいものです。そのことが少しでも緊張緩和のキッカケになれば、日本外交の面目も保てるはずです。
※AERA 2019年7月1日号