一方、岩崎容疑者には、自室以外の「居場所」は一切なかった。居場所どころか、彼には「家族」すらなかった。同居する伯父伯母夫婦は、事件前に川崎市に岩崎容疑者のことを相談したことがあるが、自分たちの介護のためであって、はたして甥を思ってのことだっただろうか。
その意味で、川崎の事件は、「8050」という親子間の問題というより、圧倒的な社会的孤立の問題だと言えよう。
不登校など何らかの事情で、10代半ば以降、社会から「見えなく」なった岩崎容疑者のような人たちを、社会はどう発見するのか。「見えなく」なったまま親子で閉じて、20年、30年経ったケースが「8050問題」なのだ。
その女性と母が発見されたのは、外とつながる細い糸が残っていたからだった。
女性の高校時代の友人から連絡を受け、支援者が訪問した家は「ゴミ屋敷」だった。老婆はその中で倒れていた。緊急搬送され、家の中には52歳の女性もいた。87歳だという母親はその1カ月前から倒れたままだったという。
「母は転んでそのまま寝たきりになった。母は『人に言うな』と。救急車も『近所の手前、呼ぶな』と。どこに言っていいかわからず、高校時代の友人に電話しました」
その1年半後に取材に応じた女性は、白髪の短髪にノーメイク。ふくよかな体つきでゆったりとした服を着ていた。ブラジャーはつけていなかった。杖をついて歩く姿は、実年齢よりふけて見えた。上の歯はすべて抜け落ちていた。
母親は老人ホームに入居。女性は生活保護を受けてアパートで暮らし始め、その後自宅の売却金で生活保護からは抜けたが、働いてはいない。
何が今の状況を招いたのか。
女性は1966年生まれ。34年生まれの大工の父と、32年生まれの専業主婦の母との間に生まれた一人っ子だ。「母が仕切る家」だったと女性は言う。
「父は母によく怒られていました。私はそれを見て、怒られないようにしようとしていたのですが、やっぱり怒られていました」
母に何もかも先回りして指図されるのが日常で、押し黙るしかなかった。