ディー君の家族が14年にタイに移住したのも、生きやすい場所を求めてのことだったと、母(55)は言う。だが、ディー君が8歳のとき、父が事故で亡くなってしまう。
母は一人で、ディー君と妹(10)を育てることになった。急遽、働くことになった母が会社から戻るまでの間、ディー君が自宅マンションの共用パソコンで遊び始めたのが、プログラミングと出合うきっかけだった。
プログラミングに興味を持ち、熱中して取り組む息子の姿を見ながら、母はずっと「何かしてあげたい」と思っていた。
「才能がありそうだなとは思いました。基礎から学ばせたほうがいいと思って通信教育も調べたのですが、経済的に難しくて」
ディー君が見せた才能の片鱗を育ててあげたくても、日々の生活で精一杯。歯がゆさを感じていたとき、前出の財団の立ち上げを知った。「受けないと合格もしないから」とディー君が挑戦し、狭き門を勝ち抜いた。
今年、財団から自分用のパソコンを買ってもらい、さらに本格的にプログラミングに取り組むことができている。
この春からは、冒頭のGRIDが、ディー君のプログラミングスキルを伸ばすためのサポートを始めた。現在、ディー君は諏訪さんの指導のもと、プログラミングの世界でも有名な課題「巡回セールスマン問題」に取り組む。タイでは自作AIのデモンストレーションをしたり、AI塾を開いたりもしている。
「いつも学校から帰ってからやっています。楽しいですよ」(ディー君)
二つの支援に、母親は「思ってもみなかった」と感謝するが、もう一つ、うれしいことがある。それはディー君に「社会貢献」という意識が生まれたことだ。今、ディー君には夢がある。
「AIのプログラミングスキルをタイのスラムの人たちに出前して、やがてギルド化する。スラムの人たちを救いたいんです。できそうだと思いません?」
(編集部・大川恵実)
※AERA 2019年6月10日号