中島:役者さんが家族になるための時間を作られたんですね。

中野:皆さんプロの役者さんですから、初めて会ってもきちんとした演技はできる。ただ、プロのレベルをさらに超えたものを撮りたかったんです。

中島:最近、気がついたんですけれど、「人は人のお世話をするのが好き」なんですよね。父は認知症が進んでからも、孫の服の裾を直そうとしたり、面倒をみようとしていました。私の姪や甥にとっては、いつもは世話をしているおじいちゃんが、自分たちをかまおうとするから、ちょっと嫌なんですね。でも父は一生懸命、孫や私のことも気遣っていたんです。その様子を見て「ああ、人はどんな状態になっても、ケアされるばかりでは十分じゃなくて、誰かに頼られたり、なにかしてあげることは大切なんだ」と思いました。人に頼るばかりではハッピーになれない。自分が誰かの役に立っていると思えるのは、自尊心のために大事なことなんですね。

中野:映画の中でも、関連するようなシーンを撮りました。元気だった頃のその人が、病気になってもどこかに残っているんです。

中島:1970年代から90年代にかけて、「家族とは抑圧的で重苦しく、壊していくべきもの」というメッセージが、小説などには多くありました。今でも孤立したり閉鎖的になるという問題もありますが、それでも最近、小さいコミュニティーとしての家族には可能性があるんじゃないか、と思うようになった。人は一人だけでは生きていけませんから。シングルの人でも信頼できる友人がいるとか、家族的なコミュニティーを持っている人もいます。それらも含めた概念としての家族です。奇しくも中野監督が育った家族の形が、定型ではなくても、素晴らしい関係だったと話してくださったように。

中野:「家族の可能性」って、いいですね。僕は自分がどんな人間で、どうして生きているかを教えてくれるのは他者で、誰よりもまずは家族だと思っています。だから「家族の可能性」というのはパワフルな言葉だな、と思いました。

中島:中野監督の提唱する家族は、息苦しさがなくて風通しがいいですね。多様なあり方を包摂した新しい家族の形を考える時期に来ている気がします。

(ライター・矢内裕子)

AERA 2019年5月27日号