ストイックに演技を追求するベールのこだわりはどこから来ているのか。彼が敬愛する名優ゲイリー・オールドマンについて私が問いかけると、ベールは堰を切ったように話し始めた。

「僕の人生のなかで、ゲイリーほどインスピレーションを与えてくれた役者はいないんだ」

 もともと、好きで役者になったわけではないという。「家族の経済的な事情で演技をするようになっただけで、最初はとても嫌だった」と吐露した。

 いらだちが募ったが、次第に俳優に身を投じるなら何か成し遂げようと考えるようになった。目標にしたのがオールドマンの質の高い演技だった。今回の役づくりで体重を約20キロ増やしたというが、そのためのアドバイスをオールドマンから得るなど、親交が深いという。

 ベールは今年のアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされていたが、結局受賞は逃した。しかし、彼がつかんだチェイニー像は深い。「チェイニーは、民主主義が我慢できなかったんだ」とベール。時間がかかる民主主義の手続きにしびれを切らし、裏舞台で物事を進めるようになった、という洞察だ。

 いま米国で、トランプもまた、民主主義の手続きを無視するような動きを拡大させている。米政治を、思う方向に躊躇なく変えていく発端になったチェイニーを描いた本作は、考えさせられる。(国際報道部・尾形聡彦)

AERA 2019年5月13日号

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