政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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「自然に恵まれ、治安もよく友好的」というのが、大半の日本人が持つニュージーランド(NZ)とオーストラリアのイメージだと思います。特にNZのクライストチャーチは日本人の人気の留学先としても知られています。そんな土地で起きた隣国の豪州人による銃乱射事件は、一瞬にして世界中を恐怖に陥れました。
メディアでは「治安のいい土地なのに」といった報道がされています。しかし本当にそうでしょうか。私たちが持つイメージと、実際にイメージする国の在り方とが乖離している部分があるということを今回の事件を通じて、もう少し学ばなければいけません。
まず背景にNZは銃大国だということが挙げられます。人口460万人に対し、120万丁が所持されているのです。一方の豪州は、銃規制には厳しい。両国にはビザなしで渡航できるという環境もあり、確かにNZの方がテロを起こしやすい土壌はありました。
ただここで考えなくてはいけないのは、犯人の白人至上主義的な思想が、南半球のこの地で育まれた理由です。
豪州のキャンベラにはウォーメモリアル(戦争記念館)があります。ここに行くと豪州は、英米のほとんどの対外戦争に参加して勝利していることがわかります。かつての白豪主義から多文化主義へとかじを切りましたが、移民政策は厳しく、極右政党が勢力を増しています。私は以前から豪州には白人至上的なものが伝搬しやすい社会の土壌があるのではと思っていました。そのうえで、犯人の欧州旅行の経験が異様な行動に駆り立てるきっかけになったのでしょう。一方、米国の戦争や対外的な政策と比較的距離を置き、たくさんの移民も受け入れていたのがNZです。
期せずしてイスラム教徒を狙った事件が起きましたが、豪州で増え続けているのはイスラム教徒よりもアジア系、特に裕福な中国人です。まだ暴力的な事件は顕在化していませんが、中国恐怖症(チャイナフォビア)は起きています。今回の事件のようなローンウルフ(一匹狼)的な行動が今後、アジア系に向けられないか。我々は注視していかないといけません。
※AERA 2019年4月1日号