多くの人々の心を揺さぶった映画「ボヘミアン・ラプソディ」。その字幕翻訳を担当した風間綾平さんが、裏話や印象に残ったことなどを語った。
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字幕に入れられず、残念だった言葉。それは「ダーリン」です。フレディは男性に「ダーリン」とよく呼びかける。口ぐせのようでした。字幕は1秒4文字までという制限があり、名前や呼びかけはカットせざるを得ないことが多い。「ダーリン」は異性に対して使う呼びかけですが、伝記によると、フレディは寄宿舎にいた学生の時から使っていたといいます。「変わった人」という印象を持たれていたようです。
今回、作品を訳しながら印象に残ったのは、彼が抱えるコンプレックスの複雑さでした。英国で「パキ野郎」と人種差別にあい、同性愛者を認めない宗教を信じる家族のもとで育ち、見た目も「出っ歯」とからかわれた。一方で「普通の人でいたい」という願望があったのだなと、切なくなりました。同性愛者であると自分が認識してからも、一時は恋人だったメアリーに固執していましたね。
私はリアルタイムでクイーンを聴いていましたが、亡くなる直前までフレディが同性愛者だと知りませんでした。もともと奇抜なファッションでしたから、ゲイのカリカチュア(誇張)のようなスタイルでも違和感がなかった。
当時はフレディがここまで「人と違う苦しみ」を抱いていたとは想像できませんでしたが、映画を通して伝わってきました。どんな社会でも抱えている問題だからこそ、映画は世代を超えたヒットになったのでしょう。
舞台となっているイギリスと日本との違いがよく出ていると思うのは、クイーンというバンド名が誕生した場面です。クイーンは「女性っぽい男性」という意味もありますが、フレディは「女王陛下」の意味だと言い、「規格外だろ」と続けます。「女王」と名乗るのがなぜ規格外なのか。最初はわからなかったのですが、英国民は王室に対して尊敬と愛情と批判の混じった、複雑な感情を持っているのですね。だから「女王」をバンド名にするなんて、不敬を通り越して、とんでもない規格外なアイデアだろ、と言っているわけなんです。