だが、内閣府の「がん対策に関する世論調査」(16年)で、「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働き続けられる環境だと思う」と回答した人は、27.9%にとどまった。職場環境の構築は、多くの企業にとって課題だ。

 渡部さんは自身の苦い経験から、社内制度の明文化や発信に加え、「上司の役割」の明確化が必須だと考えている。

 大学病院で手術を受け、大腸がんが見つかった時、5段階で進行度を示すステージは「IIIb」だった。医師からは、抗がん剤治療の選択肢を三つ提示された。手術などで有給休暇が残り少なくなっていた渡部さんは、日帰りの点滴と経口の抗がん剤を飲む方式を選んだ。1クール3週間で半年間続ける必要があったが、各クール1週間ずつ休薬期間があり、その時期は出社できると考えたからだ。

 ところが、治療開始の直前に出社し、支社長と人事部長、担当役員が同席した面談で、人事から思わぬことを知らされた。

「在宅勤務も可能だし、失効有給休暇の積立制度もある」

 事前に知っていれば、入院治療も選択できたのに──。

 渡部さんは発病当初から、当時の営業部の上司に診断結果や今後の見通しを「フルオープンで」伝えていた。にもかかわらず、自身も当時の上司も、社内の制度をよく知らなかったのだ。

 実際に抗がん剤治療を始めてみると、休薬の時期でも副作用が強く出てしまった。中途半端に出社しても、とても仕事ができる状況ではなかった。

「制度があっても、それを知らなければ使えない。まず、積立失効有給休暇を明文化するなど、就業規則をわかりやすくしました。次に取り組んでいるのが、教育活動。多くの場合、罹患した社員から最初に病状を聞く部門長が、的確な情報提供と配慮ができる組織を作ろうと。旗振り役を自らに課し、明日やろうを『今日やろう』にしているんです」(渡部さん)

(ノンフィクションライター・古川雅子、編集部・野村昌二)

AERA 2019年2月11日号より抜粋

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