それでも、臨床のプロジェクトリーダーが熱心に説明を繰り返し、どうにか臨床試験を受け入れてもらうまでに至ったが、
「当初は、いくつもある臨床試験の中で優先度は最下位で、なかなか症例を紹介してもらえない状況でした」
しかし、初期段階で、劇的に効果を示す症例が出てきた。医師たちの見る目が変わった。臨床試験もスムーズに進み始めた。
また、臨床試験には莫大な資金が必要になるが、11年に米国の大手製薬会社BMS社と共同開発、販売契約を結んだことで、開発投資資金が拡大した。
こうしてオプジーボは14年9月、PD-1の発見から22年の時を経て発売に至った。当初は悪性黒色腫のみが対象だったが、今では肺がん(非小細胞、二次治療からのみ使用可能)、腎細胞がん、頭頸部がん(舌がん、咽頭がんなど)、胃がん(切除不能なものに限る)、悪性胸膜中皮腫、ホジキンリンパ腫などに広がっている。
粟田さんは改めて振り返った。
「われわれがオプジーボを開発できたのは、抗がん剤メーカーじゃなかったことも大きい。免疫療法への負の先入観があれば、どこかで断念していたかもしれません」(編集部・澤田晃宏)
※AERA 2018年12月24日号