姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長は、まるで御者が3頭立ての馬車をうまく扱うかのごとく、日産、ルノー、三菱自動車という三つの世界的な企業の経営で実績を上げ、同時に権力を得ていました。

 もともと3社は、それぞれが独立した企業です。ましてルノーはフランス政府が筆頭株主で15%もの株を所有している、ある種ナショナルフラッグシップとしての顔を持つ企業です。1999年に日産がルノーの傘下に入ったことで「コストカッター」としてやってきた彼は、いつしか日産のオーナーだったと錯覚するくらいに存在感を示し、ディバイド&ルール(分断統治)で独裁的な権限を行使するようになりました。これは、これまでのコーポレート・ガバナンス(企業統治)の歴史を振り返っても、極めて珍しい事例ではないでしょうか。そう考えると、ある意味で、ゴーン前会長はこれまでは考えられないような企業統治を自ら築き上げ、その頂点に君臨していたといえます。

 とはいえ、いくらワンマンだったとしても外部監査はありますし、普通はそこでチェック体制が働いていたはずです。それが働かなかったのかどうか。また、東芝などの不祥事を見てもわかるように、これまでの不祥事はあくまでも企業単体でした。つまり、コーポレート・ガバナンスの視点から今回の事案を見てみると、今回の問題は何もかもが初めての事案だったことに気づきます。

 国も違えば企業体質もまったく違う企業を束ねるということは、ゴーン前会長しか知りえない空白の部分がたくさんあったはずなのです。今後、世界的企業を束ねることで絶大な権力を持つ「ゴーン型」のコーポレート・ガバナンスは増える可能性もあります。そういう意味でも「ゴーン型」のコーポレート・ガバナンスにもっと目を向け、内実を明らかにしていくべきでしょう。

 ゴーン前会長の失脚劇は、日仏間の国際問題へと波及しそうで、ルノーと日産のコーポレート・ガバナンスをめぐる覇権争いの様相を呈しつつあります。国境を超えたコーポレート・ガバナンスの問題から目を離せません。

※AERA 2018年12月17日号