「イギリスの、それもブリストルという都市のグラフィティライターの一人」だったバンクシーが注目されるようになったのは、00年代に入ってから。「まずはスプレー缶ではなく、(型を抜いた台紙の上からペイントする)ステンシルという手法で描く作品が注目され、次第にブラックユーモアを含んだ政治的な作品も、アートや音楽業界の壁を越えて、話題になり始めます」
ちなみに彼がストリートに残したこれらのグラフィティは、
「清掃されたり、盗まれたりして、確実に見られるものは少ない。アクリル板で保護されたロンドンのクラブに描かれた作品や、高級ブティック街メイフェアのビルに描かれたショッピングカートとともに落ちていく人の絵などは、今も見られる貴重な作品です」(鈴木さん)
03年ごろからは、美術館やアートシーンにさまざまな仕掛けをする「お騒がせアーティスト」としても知られるようになる。例えば大英博物館やメトロポリタン美術館などに忍び込んで、自分の作品をこっそり展示。とくに大英博物館は、古代人がショッピングカートを押しているバンクシー作のなんちゃって壁画が3日間、誰にも気がつかれずに展示されたままになるという失態をやらかす。
ところがバンクシーのこの壁画は、この秋の大英博物館の展覧会で、正式な作品として凱旋展示されるというオチもついた。
続く2005年ごろからは、海外での活動も活発化。
「とりわけ、パレスチナの分離壁に作品を描くなどの活動がメディアでも大きく報道され、アクティビスト(政治的・社会的活動家)として評価されるようになります」(毛利さん)
例えば3年前には、パレスチナで子猫の壁画を描いた。
「『みんなネットで猫の動画なら喜んで観るでしょ』と。これならがれきとなったパレスチナが注目されるだろうと目論んだ」(鈴木さん)
09年には故郷の市立美術館で無料の回顧展も開催。イギリス中から観客が押し寄せて、国民的人気を決定づけた。
「その後10年代に入ると、1人では到底なしえない大掛かりなプロジェクトをおこなうようになります」(毛利さん)
例えば、悪夢と風刺がいっぱいの遊園地「ディズマランド」を期間限定でつくったり、昨年はパレスチナの分離壁のそばに、本当に宿泊できる「世界一眺めの悪いホテル」を開業したり。何をしでかすかわからない動向が、世界のメディアの注視の的となっているという。
ところで、活動が大規模になれば、気になるのが資金の出どころだ。ディズマランドもホテルの建築も大規模な資金が必要。さらにこうした“作品”の制作を続けるには、
「鉄の警備と言われる米国のディズニーランドに政治的な作品を置いてくるなど、無謀に見える活動の一方、世界最強の弁護士団を雇って、訴訟に備えていると言われています」(小田さん)
映画にもなった1カ月にわたるニューヨークでの展示でも、展示場所に事前に許可を取っていたとも言われる。
バンクシーの支援者として知られるのは、イギリスの現代美術作家、ダミアン・ハーストや、デザイナーのポール・スミス。また噂レベルでは、マドンナやブラッド・ピットなどセレブの名前も挙がる。
「とはいえそれだけで、あれほど大がかりな活動ができるかは疑問。結局、資金の出所はナゾに包まれています」(鈴木さん)
最後に、バンクシー通のみなさんに聞いた。バンクシーならではの魅力とは?
「アートを使って社会をどう変えていけるか、そうした試みを匿名のまま20年以上も続けている人」(鈴木さん)
「飢餓などの慈善事業に協力する作家たちはいますが、正義を貫くための市民の『暴動』を堂々と支援する作家はバンクシーだけでしょう」(小田さん)
「政治的にラディカルで、独特の黒いユーモアに溢れ、そして何より大衆的。そんな唯一無二の存在です」(毛利さん)
バンクシーは誰だ? 今やバンクシーは、バンクシー以外の何者でもないようだ。(ライター・福光恵)
※AERA 2018年11月12日号