「泰源の山奥では、インターネットがつながらないことがあるんです。そこで、パソコンと読み取り機を患者宅の庭に持っていき、そこでようやく接続してデータを読み取りました」
患者の家族は、庭にテーブルを出し、スキャンの作業を行う医療スタッフの頭上に日傘をかざす。余氏はその様子を写真に撮ってSNSで発信し、世論に訴える策に出たという。現在は事前に計画を伝える必要はなくなり、患者宅の通信状況を気にしなくてもよくなった。
余氏独自のアイデアもある。「リゾート式クリニック」。
余氏が都蘭を空ける場合、代わりの医師を探さなければならないが、そこで役立つのが都蘭の知名度。内外の観光客に注目されるようになってきた特性を生かして医師を引きつけ、行楽気分も味わってもらおうというのだ。
「台湾では医師が在宅医療を体験する機会は少ない。若い先生が都蘭診療所で診察を経験し、地方で開業して在宅医療を行うモデルにしてくれたら」という余氏の言葉からは、「リゾート式クリニック」という発想が在宅医療の裾野を広げる取り組みにもつながっていると分かる。
余氏の取り組みは、近隣の地域でも関心を呼んでいる。都蘭と同じ台東県にある成功(ツェンゴン)鎮ではプロテスタント系の新港(シンガン)教会が昨年10月から同診療所のスタッフを月1回程度のペースで招き、健康や在宅医療に関する講座を開いている。
台湾はキリスト教会が広範に分布し、とりわけ東部地域は数が多い。新港教会はこうした教会のひとつで信徒は約60人。減塩をテーマに行われた昨年10月の講座には約40人が参加し、自宅から持ってきた料理の塩っ気を余氏が診療所から持参した塩分濃度測定器で調べ、食生活と高血圧の関係などについて説明を聞いた。
劉炳熹(リウビンシ)牧師(35)は「(9年前に)赴任してきて、新港の人たちが高齢の家族の面倒を見るのに苦労しているのを知りました。子や孫がそのために帰ってくることもあります。こうした様子を見ていて、高齢者介護に関心を持つようになりました」と話す。離れて暮らす親子が介護とどう向き合うかという悩みは台湾でも課題だ。