5月中旬、神奈川県で開催された認知症の中核症状のいくつかを「バーチャルリアリティー(VR)で疑似体験する認知症体験会。参加者たちは、空間の位置関係を把握するのが困難になる「視空間失認」など生々しい体験を味わった。
VRで認知症を体験するというこの試みは、高齢者住宅・施設を運営するシルバーウッドの代表、下河原忠道さん(47)が発案したものだ。
運営する施設の入居者のなかには、認知症のある人も多くいる。下河原さんは、認知症への理解を深めようと、様々な認知症関連セミナーに通った。
だが、そこで強烈に感じたのは、「認知症」を隔てて、当事者ではない人の都合で引かれた境界線だった。
ある医師は、「家族が認知症になったら、宇宙人になったと思ってください」と言った。
「確かに、認知症があると、生活上の不便や不安、意思の疎通の困難が生じることはあるでしょう。でも、周囲の適切なサポートがあれば、自立に近い状態で暮らしていくことは可能になる。認知症になったら、人生を諦めないといけないわけがありません。幸せに生きる糸口を探したかったんです」(下河原さん)
いまの社会は認知症のある人にとって、決して住みやすいとはいえない。認知症は、当事者でない側から常にサポートする前提で、一方的に語られることがほとんどだからだ。
当事者の視点になれば、「なるほど、こういうことだったのか!」と腑に落ちる瞬間があるのではないか。そこで思いついたのが、VR事業だった。
「VRは、ゲームなど、エンターテインメントの印象が強いと思いますが、つまりは誰かに成り代われる技術です。活用することで、当事者ではないと想像しづらい問題の理解につなげられるのでは、と」(同)
彼岸に置いた「認知症」を、自分ごととして捉えるきっかけにはできないか。
認知症のある人と何度も話し合い、最初のコンテンツ、「ここはどこですか」のシナリオを練りあげ、撮影と編集にも時間をかけた。
描かれるのは、電車に乗っているうちにどこにいるかわからなくなってしまった当事者の視点だ。知らない駅で降り、ホームで駅員に「ここはどこか」と尋ねても、出口を案内されてしまう。途方に暮れていると、「どうしました」と声をかけてくれる人がようやく現れる──。