政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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このコラムが掲載される頃には、南北首脳会談は終わっていることでしょう。この会談には大きな意味があります。一つは、朝鮮戦争終結のためのスプリングボードになっているということです。北朝鮮の完全非核化を達成するには、北朝鮮の体制保証という問題が浮上します。平和体制のためには、朝鮮戦争の休戦協定の締結国である中国、北朝鮮、米国と当事国である韓国による4者での休戦協定の終結と平和協定の締結が不可欠です。
休戦協定の終結については盧武鉉(ノムヒョン)政権の時に、米国のブッシュ・ジュニア大統領は終結宣言に同意したものの胡錦濤(フーチンタオ)中国国家主席が同意せず、あと一歩のところで暗礁に乗り上げています。金正恩(キムジョンウン)氏の訪中は、ただ単に米国への牽制(けんせい)というだけではなく中国に対してその確約を取るという意味合いも強かったのではないかと思います。
もう一つは、北朝鮮の最高指導者が38度線を越えて南側の平和の家で南北首脳会談をするということです。これは北朝鮮の国民にとって画期的で驚天動地な出来事です。正恩氏はまだ30代半ばです。このまま自分が数十年にわたって最高指導者として政権を維持できるかどうかと考えているはずです。なんらかの形で北朝鮮の「正常化」を進めていかなければならないと考えたとしても、不思議ではありません。そう考えれば、今起きていることは必ずしも奇異ではないはずです。
5月を予定していた米朝首脳会談は6月になりました。朝鮮戦争の勃発は、6月25日です。今回、北朝鮮が一方的にシグナルを送った核開発の凍結などは、米朝首脳会談の開催地を平壌(ピョンヤン)にしたいという強い意思の表れでしょう。もし米朝会談が平壌になった場合、6月25日に4者会談が開催され休戦協定の完全な終結宣言をすることもありうるかもしれません。つまり、それくらいのことをしなければ北朝鮮は核という安全装置を外さないのではないでしょうか。
私たちは東アジアの冷戦が終わるという意味を考えなければなりません。日朝平壌宣言に基づく正常化、拉致問題の解決。この段階が近いうちに来るならば東アジアの地政学的なリスクは大幅に削減されるでしょう。
※AERA 2018年5月14日号