鎌倉・建長寺の堂内に、羽黒山伏・星野文紘さん(山伏名・尚文)が吹く法螺貝の音が響く。うねるような法螺貝の音は広い堂内の隅々にまで行きわたり、日本人、外国人、性別や年齢もさまざまな100人あまりの人々が、星野さんを見つめる。
山伏とは修験道の行者のこと。星野さんは山形・羽黒山伏最高位の「松聖(まつひじり)」であり、宿坊「大聖坊」の13代目だ。
この日、禅と深い縁がある鎌倉で、マインドフルネス国際フォーラム「Zen2.0」が日本で初めて開かれていた。星野さんは「禅と修験道 日本人と山の思想性」という講演をおこない、終了後には鎌倉山を祈りながら歩いた。
星野さんは修行を願う一般の人々を、長年にわたり自らの宿坊「大聖坊」に受け入れ、体験修行をおこなってきた。
日常では触れ合う機会のない山伏の世界を、五感に訴えるように語りかける星野さんを、修行の導き手としての敬意をこめて「星野先達」と呼ぶ人も多い。
Zen2.0の主宰者のひとりである宍戸幹央さん(44)は、2014年に星野さんのもとで山伏修行をした経験を持つ。海外で発達したマインドフルネスに、日本古来の叡智をつけたうえで、海外に再発信できればと考え、星野さんに講演を依頼したという。
「現代社会では思考過多になりがちですが、山伏の世界観に触れるとそのバランスが整うと感じます」(宍戸さん)
修行中はスマートフォンやパソコンが禁止なのはもちろんのこと、羽黒山では、名前を呼ばれても何かを頼まれても「受けたもう」以外の言葉を発してはいけないのだという。
「今は言葉が多すぎる。『受けたもう』とだけ答え、自然の中で過ごしていると、自分の五感がどんどん研ぎ澄まされてくる。言い換えれば『感じる知性』というべきものが目覚めてくるんだな」(星野さん)
同日に「意識と無意識 悟りと幸せ」をテーマに講演をおこなった慶應義塾大学教授の前野隆司さん(55)。「幸福学」を提唱している前野さんも、「研究者としての関心もあって」、昨年、山伏修行に参加した。