同様のメカニズムの薬は、17年8月に米食品医薬品局(FDA)が急性リンパ性白血病、同10月には悪性リンパ腫のそれぞれ一部の患者の治療法として承認した。その一つであるスイス・ノバルティス社の「キムリア」の臨床試験(治験)では、8割の急性リンパ性白血病患者で、がん細胞が検出されなくなった。一方で、正常なリンパ球も攻撃されて減少するなど、過剰な免疫反応も一部で確認されたという。副作用をどう抑えるかが今後の課題だ。

 それでも期待は高まる。例えば、固形がんの場合、初期段階ならば、これからも外科手術で除去するのが最善だと、東京大学大学院理学系研究科(東京都文京区)の濡木理(ぬれきおさむ)教授も大森教授も話す。転移してしまった場合、体内のあちこちで異常を見つけ、全てにゲノム編集の道具を送り届けるのは簡単ではない。その場合、自身の免疫力を最大限高めるCAR-Tのような技術を使えば、複数のがん細胞があっても攻撃してくれるので、より現実的だという。

 日本では遺伝子治療もゲノム編集も動物実験の段階だが、遺伝子治療では一部の疾患においてヒトを対象とした臨床研究が始まっている。一方、ゲノム編集の研究では、まだヒトへは応用されていない。治療法が認められて製剤が作られ、それが認可されるまでには「通常10年単位の時間がかかる」(大森教授)。デリバリーの問題やオフターゲットが絶対に起こらないようにするなどの治療効率の向上、予期せぬ副作用の可能性、「デザイナーベビー」につながるヒト受精卵への技術の悪用を防ぐ倫理上のルール作りなどハードルはまだある。

 また、様々な要因で発生するがんは、喫煙や食生活といった後天的要因も大きいとみられており、遺伝子異常の矯正だけで、全てのがんに対処できるわけではない。患者が安心感と信頼感を持てる技術として受け入れられるかもこれからだ。

 いつまでに実用化できるのか。あくまでも研究者としての目標を聞いてみると、濡木教授は「早くて5年、遅くても10年以内には始められたらいい」。大森教授も、「やはり10年くらいでなんとかしたい。そういうメドを立てられるように一生懸命頑張ります」。

 がんに限らず、遺伝性疾患で苦しむ人は大勢いる。一人でも多くの患者が助かるよう、一日も早い技術向上と早期実用化に期待したい。(編集部・山本大輔)

AERA 2018年2月12日号より抜粋