暴言もひどかった。「人間の不良品」などと言っては生徒の人格を否定し、「めくら」「きちがい」などの言葉も頻繁に使った。酒巻君は言う。
「ミスすると怒鳴られる。言われ続けて萎縮してしまうから、選手はミスしていたと思う」
酒巻君自身が暴力を受けたことはない。現代表のチームマネジャーとして日本ハンドボール界の中枢にいる酒巻君の父を、意識していたのか。ただ、拳は飛んでこなくても、チームにいる当事者として暴力を止められない現実に苦しんだと酒巻君は言う。
「父が暴力を一掃したいと考えているのは知っていましたから」
葛藤は増すばかりだった。
賞状破りから3カ月後の今年2月、教諭の暴力や暴言を問題だと感じていた酒巻君の母が日本ハンドボール協会に実態を訴えた。協会の事情聴取に教諭は体罰を認め、6月上旬から9月まで3カ月間の活動停止が決まったが、保護者には、教諭や学校から処分の具体的な理由は明かされず、暴力やハラスメントに対する謝罪もなかった。
ところがその後、酒巻家を除く28の家庭の保護者が「体罰はなく、子どもたちはハラスメントとも感じていない」として教諭の処分取り消しを要求。日本スポーツ仲裁機構は、協会が実際に暴力を受けたとされる生徒の事情聴取をしなかったなど、調査手続きに瑕疵(かし)があったとして、処分期間が満了する前日にその処分を取り消した。
酒巻君の父・清治さんは憤る。
「これではハンドボール界は暴力やパワハラがまかり通ると感じる人もいるのではないか」
本誌の取材に協会は、
「調査の瑕疵については倫理委員会で今後調査し、必要があれば指導委員会に問題の受け渡しをする」
とコメント。学校はこう答えた。
「処分取り消しなんだから体罰はなかったということ。こちらからは調査などしていない」
スポーツ仲裁機構が処分取り消しの際に発表した「仲裁判断」の付言には、
「保護者会を中心とした『犯人捜し』や嘆願書作成が行われたのではと窺わせる異様な状況すら生じていることを踏まえると、申立人(編集部注=顧問教諭)においても、暴力的指導や体罰、ハラスメントを疑われるような強権的な指導、不適切な指導、いわゆる旧来の体質が抜け切れていなかった可能性も極めて高い」
とはっきり書いてあるのに、だ。