内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
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総選挙が終わり、内田氏が印象に残ったこととは?(※写真はイメージ)
総選挙が終わり、内田氏が印象に残ったこととは?(※写真はイメージ)

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 総選挙が終わった。印象に残ったことを二つだけ記しておく。

 一つは日本維新の会と希望の党の凋落(ちょうらく)である。維新は金城湯池の大阪で15人擁立して8人落選という惨敗を喫した。小池百合子東京都知事率いる都民ファーストは7月の都議選では50人候補を立てて49人当選という追い風を受けたが、小池代表の「排除します」という舌禍事件で一気に失速して、都内25小選挙区に立てた23人の候補者のうち当選者は選挙区1人、比例復活3人。結党メンバーまで落選するという壮絶な負け方をした。

 選挙前のメディアの色分けでは「政権与党」「政権の『受け皿』を標榜(ひょうぼう)する中道保守」「立憲デモクラシー野党」の三極対立のはずだったが、蓋を開けてみたら話がまるで違っていた。

 希望の党は民意をくみ取ることよりも組織拡大のための「ゲーム」に勝つことを優先させたせいで、維新は「諸悪の根源」たる仮想敵を見つけてはそれを徹底的に批判するという手法そのものが飽きられたせいで、勢いを失った。いずれも民意の「風」に巧みに乗ることで党勢を拡大してきたのだから、「風」を失えば後がない。では、この後は何が本質的な対立軸になるのだろう。

 右/左か、成長/分配か、対米従属/対米自立か、改憲/護憲か、どれも軸としては使い勝手が悪い。私は政策的なことよりもむしろこれからは「語り口」が、政治家たちが国民に向かって政策を提示し、説明し、合意を求めるときの「言葉づかい」や「作法」の違いが重大な分岐点になるのではないかと思う。

 立憲民主党の枝野幸男代表は「国会内の3分の2」ではなく「国民」に向かって働きかけると言った。この姿勢を私は支持したい。それはこれまでの政治家たちが選挙戦で因習的にしてきたような、政敵を罵倒し、その政策を全否定し、人格を貶(おとし)めるような言葉づかいとは違う、政策の適否を論理的な言葉で静かに吟味し、人々の理性と心情に真率に訴える言葉で政治は語られなければならないという決意を示している。手触りの温かい言葉を語る人たちと、これまで通り冷たく、ざらついた言葉を使う人たちの間に生じる「語り口」の差異は思っているよりはるかに深く本質的なのである。

AERA 2017年11月6日号