「底が丸見えの底なし沼」を覗き、活字プロレスのルーツをたどる。『昭和プロレス正史』の著者である斎藤文彦さんが、AERAインタビューに答えた。
1951年の秋。この前年に大相撲を廃業していた力道山は、銀座のキャバレーで日系プロレスラーのハロルド坂田と出会う。一触即発の遭遇だったが意気投合し、まもなく力道山がプロレス界に身を投じるきっかけとなった──。
21世紀の今日にも伝えられている史実。だが、現場を目撃したジャーナリストは実は存在しない。
「でも、誰かが活字にして、その活字をもとに今もコピペや孫引きによって、文章がネットを中心に再生産されている。活字文化が廃れつつあるなかで、このままだといずれ出典がはっきりしなくなるかもしれない。僕自身、『活字プロレス』で育ち、それを仕事にしてきた。では、そのルーツは誰なのか。スタート地点を調べて、整理整頓しておくべきだと思ったんです」
ルーツをたどると、3人のライターに行き着いた。
日本初のプロレス専門誌「月刊ファイト」で主幹を務めた田鶴浜弘。「日刊スポーツ」で運動部長を務めた鈴木庄一。そして、「東京スポーツ」で編集局長を務め、テレビ解説者としても著名な櫻井康雄。
昭和の主要なプロレス史実について、3氏が紡いだ活字をそれぞれの「ナラティブ」として併記する形で、この本は進行していく。
「当然、細かいディテールは3氏の間でも異なります。たとえば櫻井さんの文章は最もノベライズされていて、いかにも東スポ的なプロレス物語になっている。でも、僕はどのナラティブが真実だと言い切るつもりはない。いろんな活字を読み、分析することで到達した結論がその読み手にとっての真実。プロレスには何通りもの真実があっていいんです」
底が丸見えの底なし沼。かつて、専門紙「週刊ファイト」の名物編集長はプロレスをこう定義づけた。純粋なスポーツとは呼べないものと誰もが知っているが、仕組みや構造を理解したからといって、プロレスの真実を喝破したことにはならない。それほど底の浅いジャンルではないと、斎藤さんも考えている。
「85年から86年にかけて、アントニオ猪木とブルーザー・ブロディが7度、シングルで対戦して一度も完全決着がつかなかった。プロレスが単純な八百長で、レスラーはシナリオ通りに演じているだけなら、猪木さんが勝ちますよ。不思議でしょ。そういう謎を読み解いていく面白さを、この本で感じてほしい」
計1千ページ超の大作。それは底なし沼への招待状でもある。(ライター・市瀬英俊)
※AERA 2017年6月26日号