経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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ひどい話があるものだ。ユナイテッド航空が、乗客を無理やり、飛行機の外に引きずり出した。
満席便からの乗り換えのお願いは、飛行機で旅をすれば、それなりによくある。だが、航空会社側が降ろす客を選り分けして、降機を強制できるというのは、何とも怖い。そもそも、過剰予約を受けつけていることがおかしい。こんなところでサバを読まれたのでは、たまったものではない。だが、このたまらないことが常態化している。
ここでタイムスリップしてみよう。行く先は江戸の昔だ。この乗客引きずり出し事件が、瓦版に掲載されたとする。江戸の上空を旅客機が飛び交っているというのは変だが、そこはまぁ、SFだからご勘弁を。
これほどの瓦版ネタはない。正当な権利を持って飛行機に乗り込んだ乗客が、航空会社側の都合で退去させられる。しかも、その都合というのが、オーバーブッキングだという。しかもしかも、退去のさせ方の乱暴さたるや、目を覆わんばかり。しかもしかもしかも、降機を拒否した乗客は、取り急ぎ診療に向かうお医者さんだったらしい。瓦版屋として、これほど腕の振るい甲斐のある話題もないだろう。
江戸っ子は物見高い。野次馬根性旺盛だが、それなりに確かな正義感も持っている。気が短くて物忘れも激しいのが少々問題ではある。だが、とにもかくにも、曲がったことは大嫌いだ。どうかすると、道を左右に曲がりたくない人だっている。弱い者いじめは絶対に許せない。
そんな熊さん・八つぁんたち、この話の一部始終を知ってどうするか。きっと、彼らは長屋の衆に呼びかけるに違いない。これからみんなで行って、ユナイテッド航空の飛行機に乗り込んでやろう。そして大いにつまみ出されてやろうじゃないか。矢でも鉄砲でも持ってこい。切るなり突くなり、なんとでもしろ。江戸っ子だらけのオーバーブックで、身動きが取れなくしてやろう。そういう合意が成立する。
そこに大家さんが出てきて、警告するかもしれない。それもいいけど、共謀罪でつかまらないよう、くれぐれも用心おしよ。てやんでぇ。そんなものが怖くて江戸っ子はやってられねぇ。
※AERA 2017年4月24日号