●動詞ひとつにも深さ
やはり大ヒットしたシングル「雨の日の女」は、概略、こんなことを歌う。
いすに座ろうとして、歩いていて、家に帰ろうとして、カネを稼ごうとして、いつもみんな、ストーンする。まあ、気にしないけどな。みんな、ストーンされなきゃだめなんだ。
Everybody must get stoned
最後にそう、締める。効果的な決めフレーズを繰り返すのは、ディランの十八番のテクニックだ。
この場合の「stone」とは、米俗語で「石のように固まる」ととるのが通説だ。麻薬を一発決めて、表情が硬直している、そのさまを指しているのだ、と。そのため、発表当時、英米で放送禁止になったラジオ局もあった。
しかし、文字どおり素直に、「石を投げつけられる」と理解した方が感じが深い、しっくりくる。そんな雨の日もある。
●働けることを喜ぶ
新約聖書ヨハネ福音書の有名な一節。姦通を犯した女には、律法により石をぶつけて殺す残忍な刑が、当時は一般的だった。まさに殺されんとする女を前に、イエスを試そうと、偽善者たちが刑の是非をイエスに問う。イエスが、答える。
「汝らのうち罪なき者、まず石をもて」
われら生きとし生ける者に、罪なき者など、いない。意地悪く、吝嗇(けち)で、嘘つきで、裏切り者で、小善をなすのに小心、小利をむさぼるには大胆。そもそも、生き物を殺さなければ生きていけない、この救い難い生き物、われら人間。
みんな、石を投げられなきゃ、駄目なんだ。
あるいは、こういう「誤解」はどうだろう。
イエスの仕事は大工だった。当時の大工とは、つまり石切りだ。縦横高さ何センチという石を、朝から晩まで刻んでいく。粉塵(ふんじん)を肺に吸い込み、早死にすることが多い。奴隷や罪人、貧困層の仕事だった。石を砕くとは、英語で「最底辺の生活をする、もっとも卑しい仕事をする」という意味がある。
ディランの多くの歌は、じつは労働賛歌。働く者に寄り添う、ワークソングだ。