会社は「月残業80時間を超えないように」と指示したが、業務量は変わらず、人も増えない。社員は残業時間を少なめに申告して働き続けたという。

 広告会社でプランナーとして働いていた女性(32)は5年前、3年働いた会社をやめた。

「自分の企画が競合に勝つ達成感とやりがいに支えられ、深夜残業も土日出社もいとわず週に3日はタクシーで帰り、翌日9時半には出社する毎日でした。時には1人で20件以上の案件を抱えることもありました」

●死を防げなかった教訓

 だが、会社は裁量労働制をたてに残業代を1円も払おうとしなかった。長時間労働で心と体はむしばまれ、ストレス性の皮膚炎を発症し辞表を書いた。

「命よりも大切なものはないと気づいたんです」

 個人の使命感ややりがいをたてに労働力を搾取するやり方は、決して許されるものではない。電通では1991年にも男性社員が深夜や早朝に及ぶ長時間労働をくり返した末に自殺しており、その最高裁判決(00年)以降、匿名での電話相談や先輩が相談に乗るメンター制度などサポート体制が充実していたという。「先輩が常に気にかけ、よくしてくれる」(若手社員)との声もある。それでも死は防げなかった。03年まで電通に勤めた、事業創造大学院大学客員教授の信田和宏さん(72)は、「電通は部単位のマネジメントを上層部が管理する体制にはなっていない。コンプライアンスが浸透しにくい組織だ」と語る。過労死問題に詳しい玉木一成弁護士は、「社内の宴会の幹事までさせる長時間労働に意味があるとは思えず、状況が改善されたようには思えない」と指摘する。

 松崎さんは、こう語った。

「学歴の高い人は知らない人に相談しない傾向もある。日頃から社員が産業医と親密に話す環境をつくるなど、機能するメンタルサポート体制が必要です」

 電通は高橋さんの自殺に関して「厳粛に受け止めており、誠に残念」、労災認定について「極めて重く、厳粛に受け止めております」と回答した。

(編集部・澤志保、山口亮子、福井洋平)

AERA 2016年10月24日号

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