米中西部約1700キロを走破する旅の道中のある夜、行く手に巨大な「ノアの箱舟」が姿を現した。キリスト教原理主義者が造った「博物館」には、敬虔な白人たちが列をなしていた。
今もカウボーイがいるオクラホマ州を出発し、反人工中絶派が産婦人科医を殺害して全米を驚かせたカンザス州を経て、ケンタッキー州ウィリアムズタウン(人口約4千人)に向け、ひたすら東へ車を走らせる。気温30度を超える蒸し暑い日の夕方、白いイトスギで造られた巨大な「箱舟」が、緑の丘を切り開いて造成された広大な駐車場の奥に姿を現した。
7月7日にオープンしたばかりの「箱舟との遭遇博物館」は、長さ155メートル、幅26メートル、高さ16メートル。聖書に記述されたとおりの寸法で、「世界最大の木造建築」と喧伝する。8月15日までは深夜まで開館しており、この日も午後8時だというのに、人々が続々と集まってきていた。子どもも大人も幸せそうな笑みを浮かべ、巨大な箱舟に目を見開いている。
入館待ちの人々が並ぶ約30メートルの長いスロープに設置されたモニターには、旧約聖書の「創世記」に出てくる、ノアが神と対話する場面の映像が流れている。神が、自ら創造した世界が堕落したことに心を痛め、洪水で滅ぼす計画をノアに伝える。ノアとその家族、動物、鳥のつがいが生き延びられるよう、箱舟の建設を命じる場面で、ノアを演じる俳優の苦悩の表情が画面いっぱいに広がる。
スロープを上ってたどり着く1階は、大中小の木造の檻が所狭しと並ぶ。中からは鳥のさえずりが聞こえ、熊、鹿、キリンなどの動物の張りぼてが見える。檻と檻の間には、ノアがどうやって7千匹もの動物や鳥を箱舟で世話したかを、できるだけ「科学的に」説明しようとするパネルもある。
●建設費は約1億ドル信者の寄付で調達
2階は、食物を保管した部屋や、鍛冶や織物までできた箱舟の「工場」部分の展示。そして3階は、ノアと家族の生活空間になっている。箱舟の中が3階建てだったという聖書の記述どおりだ。オレンジ色や黄色のクッションが置かれたノアの寝室、緑やピンクなど美しい織物で装飾された食堂、さまざまな大きさの鳥かごやハーブが保管されている部屋が、美男美女のリアルな人形とともに展示されている。訪れた子どもたちが「きれいね」「素晴らしい」と囁きながら、展示の間を走り回っていた。
この時点で、同行したフォトグラファーも記者も、同じことを考えていた。「キリスト教の熱心な信者なら、ノアの家族がこんな快適な生活を実際にしていたと信じるに違いない」と。
箱舟博物館建設を計画したキリスト教原理主義者のグループ「答えは創世記に」の創始者ケン・ハム(64)は、米紙ニューヨーク・タイムズにこう語っている。