●全身使って記憶する

 忍者の記憶術とはどんなものだったのだろうか。

 暗闇の中で忍び込んだ屋敷がどのような間取りなのかを確認して記憶する。あるいは人名や数字、出来事など膨大な事項を記憶するために、忍者は独特の記憶術を持っていたという。

「江戸期の忍術書である『当流奪口忍之巻』や『人間記憶秘法』には、さまざまな記憶術が載っています。たとえば覚えにくい数字の羅列などは、あらかじめ自分の体の部位に番号を振っておいて、関連づけて覚えます。みだりにまねるべきではないですが、自分の体を傷つけながら覚える『不忘の術』もありました」(同)

 ほかにも、メンタルについての心得は多く伝えられている。甲賀流忍術の継承者で、甲賀流伴党21代目宗師家の川上仁一さんによると、幼いころから受けた忍術修行では、「恐れ、侮り、考えすぎ」を「三病」と呼び、戒めるように教わったという。

「忍者はいかなるときも『心身一如』であることが基本」

 と川上さんは言う。敵の城や屋敷に侵入するなど、忍者には時に命にかかわる任務が課せられるため、強靱な精神がないと遂行できなかったのだ。

●自分の能力を見極める

「忍者の心構えとして、最も重要なのは『不動心』です。何事にも動じない心こそが、究極の精神状態ではないでしょうか。不動心を身につければ、命がけの任務でも恐れや不安を感じなくなります」(川上さん)

 ではどうすれば不動心を得ることができるのか。川上さんの答えはこうだ。

「日常生活や日々の修行を通して、心を鍛えるしかありません。厳しい修行に耐えることで技術や体力とともに忍耐力が養われます。また、修行によって能力がレベルアップすることが自分への信頼につながり、恐怖心や不安が小さくなっていくのです」

 まさにアスリートのような心境だが、もう一つ、修行には「己の限界を知る」という重要な要素があるそうだ。

「たとえばどのくらいの高さならば自分は飛び降りることができるのかなど、自分の能力の限界を把握しておくことで、いかなる場面でも迷うことなく、正しい判断がくだせます」(同)

 むやみに努力するのではなく、まず自身の能力を客観的に判断すること──これもまた、ビジネスの現場にも応用できる心構えだろう。

 江戸時代に入ると、忍者に期待されるのは暗殺や攻撃といった戦闘行為ではなくなっていく。むしろハッカーのように、ネットワーク(人間関係)に忍び込み溶け込むことで、戦わずに情報を収集するようなスタイルが求められた。

「他にも『言葉に花を咲かせよ』(=相手を褒めろ)、『わざと縁を作れ』(=ターゲットに借りを作り、返礼することで親しくなれ)など、営業にも生かせそうな教えもあります(笑)」(同)

●ルーティンは現代の印

 そんな忍者、いつごろから日本で活躍していたのだろうか。

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