言わずと知れた電子音楽の第一人者。死の直前まで創作の泉が枯れることはなかった(※イメージ)
言わずと知れた電子音楽の第一人者。死の直前まで創作の泉が枯れることはなかった(※イメージ)
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 5月5日に84歳で亡くなった作曲家の冨田勲さんは、言わずと知れた電子音楽の第一人者。死の直前まで創作の泉が枯れることはなかった。その源は。

 冨田勲さんの追悼記事を書くために、先週、小室哲哉さんを訪ねた。小室さんは冨田さんを、ディープ・パープルのジョン・ロードやイエスのリック・ウェイクマンらと並べ、「僕のヒーロー」と悼んだ。

 取材を終えて帰ろうとしたとき、小室さんがふと思い出したように、「ヨーロッパのシンセサイザーの音色の種類に、『トミタ』というのがあるんです」と語り出した。

「そのなかの『トミタ・フルート』というのが、口笛のような、声のような、鼻歌のような……非常に『人』に近いんです。この音が、実は先生の一番の傑作じゃないかな」

 宇宙も自然も心象風景も、何でも自在に音で描いた冨田さん。

「シンセサイザーの音色はオーケストラの延長上にある」と語り、「電子」か「生」かと音を区別することを「ナンセンス」と喝破した。いかなるジャンルにも安住せず、えたいの知れぬ多様な輝きを放つ巨人。その本質が「優しさ」にあったことを、音楽家ならではの直感で小室さんは見抜いていた。

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