
工藤静香、石坂浩二、マイルス・デイビス、シナトラそしてトニー・ベネット……さて、共通点は何でしょう……?
絵心があり絵画を趣味とするアーティストは他にもいて、二科会に入選したり個展を開くほどの実力の持ち主さえいる。天は二物を与える事もあるのだ。
トニー・ベネットもその一人。ある時、インタビューに答えながらスケッチブックに鉛筆を走らせていたトニーがカメラに向き直ってぼくにその1ページをくれた。ファインダーからちょっと目を離して被写体を窺うように見ているカメラマンの姿が描かれていたのだった。そしてぼくのフィルムにはスケッチブックを膝にチラッとこちらを窺うトニーのいたずらっぽい表情が写っていることは言うまでもない。
ジャズ・クラブの名門「ブルーノート」が東京に進出したのが'88年の暮れ、トニー・ベネットがそのオープニングを飾って以来、大物ミュージシャンを続々と出演させて今や本家ニューヨークに劣らぬジャズの発信地のひとつである。
蝶ネクタイにタキシードでビシッと決めたジャズ・ヴォーカル界の大御所のユーモアを交えたステージはクラブならではの楽しい雰囲気に暖かく包まれていた。「明日に架ける橋」や「霧のサンフランシスコ」をこぶしを握って熱唱する時、スローなバラッドを静かに語る時のトニーの目はその時々に表情豊かに輝きを変える。鋭く射るように、また、爽やかに微笑むように。時に涙を湛えて潤んでいるような輝きをも見せながら、素晴らしい歌の世界に聴く者を引き込んでいくのである。
ライブを撮るカメラマンはその興奮に圧倒されるが、いつまでも陶酔に身をゆだねている訳にはいかないのがある種の不幸である。
冷静に確実に被写体を捕らえ、自分なりの絵心で目の前のシーンを切り撮っていくことが第一の使命なのだから。
トニー・ベネット:Tony Bennett→Vocal/1926年8月3日~