<よだれをダラダラさせて歩き回るな。養老院に行け>

 井手さんはこう振り返る。

「自分たちは孤立しているんだと初めて気づきました。世間がみんな敵に見えて。“僕が”子どもだから、なめられているのかもしれない。“僕が”しっかりしなきゃ、って」

 就職活動はしなかった。一般企業に勤めて9時から5時まで家を空けることは難しい。何より、介護から抜け出せない自分の生活からは、なんの未来も描けなかったからだ。それでも、髪を黒く染め直し、リクルートスーツで颯爽と大学構内を歩く友人たちを見ると、どこにぶつければいいのか分からない悔しさが込み上げてきた。

 なんとか大学を卒業した井手さんが、父親を看取ったのは5年前。その年、市議会議員選挙に立候補する。自身の介護経験を生かし、同じような境遇にある子どもたちを支援したいと考えたからだ。いまは埼玉県草加市議会議員として、子どもの福祉政策に携わっている。

「僕の経験は、決して美談ではありません。若い世代が介護で人生の選択肢を失うこと、これは社会問題です。同じ思いを他の人にもしてほしいかと聞かれたら、答えはもちろんNOです」

AERA 2015年11月2日号より抜粋