アベノミクスで株価は上がっても、仕事のストレスが原因でメンタルクリニックを訪れる人は減らない。昔に比べ受診しやすくなり、服薬への抵抗感も薄れたが、向精神薬の副作用や依存症のリスクを、患者はどこまで知っているのだろうか。
埼玉県の獨協医科大学越谷病院こころの診療科では“薬に頼らない治療”をコンセプトに掲げている。『うつの8割に薬は無意味』(朝日新書)を著した同科教授の井原裕医師は、こう説く。
「NNTといって、薬の効能を示す指標があります。09年に発表された論文によると、うつ病にSSRI(抗うつ薬は、化学構造の違いから「三環系」「四環系」「SSRI」「SNRI」などに分類される)を処方した場合のNNTは7~8。つまり、抗うつ薬で治るのは7~8人のうち1人です。2012年に発表された論文ではNNT3~8でした。間をとって仮にNNT5とすれば、抗うつ薬が効くのは20%。8割の患者に無意味なのです」
08年以降、SSRIとプラセボ(偽薬)の効果を比較した結果、軽症から中等症までで大差なく、重症例に限って有効とする論文も複数発表された。日本うつ病学会は12年のガイドライン作成以降、軽度うつ病に対する積極的な抗うつ薬投与を推奨していない。
だが、井原医師は「抗うつ薬の投与は減っていない」と言う。なぜ、8割の患者に効かない薬が当たり前のように処方されるのか? その背景には、製薬会社の販売戦略が隠れている。
「うつは心の風邪」というキャッチコピーを覚えている人も多いだろう。SSRIが認可された1999年ごろ、製薬会社によるうつ病啓発キャンペーンに使われた。井原医師は、偏見を持たれていた精神科のハードルが下がったのはいいが、行きすぎたと指摘する。
「薬の販売促進を目的に、病気の怖さを大げさに宣伝する『疾患喧伝』という手法があります。2週間以上、憂うつな気分が続くなら早く医師に相談しろ、早期治療が必要だと騒ぎ立てた結果、多くの『悩める健康人』までうつ病に仕立て上げられた」
厚生労働省の患者調査によると、99年に約44万人だった「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)」の総患者数は02年に約71万人。11年には約96万人まで増加した。比例するように抗うつ薬の市場規模も拡大。05年は790億円だった売り上げが、13年に1176億円。22年には1500億円を超える見通しだ(富士経済調べ)。
※AERA 2015年7月6日号より抜粋