沖縄の基地移設を巡って、地域の人々と政府の対立は続いている。沖縄を訪れた記者は、その認識の違いに驚いた。
いまの沖縄にいると、自分の「常識」がひっくり返った気分になる。もともと独自性の強い土地だが、これほど自分が「よそ者」に思えたことはない。
例えば、鳩山由紀夫元首相への評価──。那覇市内の居酒屋で夜、地元記者に情勢を聞いていた。問題の火付け役ともいえる鳩山氏の歴史に残る「最低でも県外」発言の話になった。宜野湾市の米軍普天間飛行場を名護市辺野古に移設する案を、土台からひっくり返す、あの発言だ。
すると突然、隣の男性が「鳩山さんは、沖縄の恩人さー」と話に割って入ってきた。きょとんとしていると、地元記者が解説してくれた。
「鳩山さんの一言で、それまで県内移設しかないって思い込んでいた県民が、県外でもいいんだって目覚めたんです」
ただ、鳩山氏は途中で主張を引っ込めたではないか。
「首相を辞めたら率直に謝ってくれたので、沖縄人は許しました。その後、鳩山さんはよく沖縄を訪れています」(地元記者)
クリミアや中国だけでなく、沖縄にも来ていたか。本土では「変人」扱いされている鳩山氏が、沖縄では愛されていた。
辺野古移設問題で政府と沖縄の意見はまったくかみ合わない。翁長雄志(おながたけし)県知事との対話がない安倍政権を半ば代弁するつもりで、いろいろな取材先に問いかけてみた。
普天間の移設は沖縄の負担軽減になるのでは?
「普天間の負担が辺野古の負担になるだけ。結局は基地の固定化です」(在沖ジャーナリスト)
日米同盟は重要なので、基地が必要なのでは?
「それほど重要なら日本全体で負担をもっと分かち合いましょう」(翁長知事の支援者)
辺野古移設は歴代知事や地元が承認した話では?
「直近の民意を尊重してほしい。それが民主主義でしょ」(反対派グループ幹部)
そして、最後にはみんなこう言うのだった。
「もう我慢の限界です、沖縄は」
要は同じ土俵に乗っていないのだ。しかも沖縄には歩み寄る気配がない。普天間の問題が動きだした1990年代後半から断続的に取材で訪れてきたが、いまの沖縄には過去にはない「吹っ切れた感」が漂っている。「沖縄(琉球)独立」論は、これまでも語られてはきたが、この1、2年は独立論者の論評や投書が新聞に載り、「琉球人」を参加要件とする学会が発足するまでに「成長」。マイナーながらも市民権を得てきている。「反本土」を通り越し、「脱日本」や「反日本」に近づいていると感じさせる。
※AERA 2015年4月13日号より抜粋