ゴールウェイ氏が永原さんに製作を依頼したプラチナ製のフルート。キーの部分は金で作るという(撮影/ジャーナリスト・大野和基)
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ゴールウェイ氏が永原さんに製作を依頼したプラチナ製のフルート。キーの部分は金で作るという(撮影/ジャーナリスト・大野和基)
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 世界最高峰の音色を出すと称賛されるフルートを、制作している日本人がいる。米ボストンに工房を持ち、「世界のフルート」として進化を続ける。

「黄金のフルートをもつ男」と言われる、世界最高峰のフルート奏者ジェームズ・ゴールウェイ氏が愛用しているフルートが、ナガハラ・フルートであることは知る人ぞ知る事実である。

 制作者である<ナガハラ>とは、どんな人物なのだろうか。永原完一さん(60)は、ボストン郊外の町に工房を構え、社員9人でフルート制作に専念している。フルートを習い始めたのは大学のとき。卒業後、三響フルート製作所(埼玉県狭山市)に入社したものの、ヘインズやパウエルなどアメリカ製のフルートをオーバーホールしているときに、「何か違う」と思ったという。

 思い立ったが吉日。その「何か」を探求すべく、1987年に渡米して「パウエル・フルート」に入社した。最初は3年間勉強したら帰国するつもりだった。しかし、フルートの先生を通じて知り合った妻に、「私がボストンに行くから、そっちで何かしたら」と勧められた。

「その時の女房の一言がなかったら、自分の工房を作ってはいなかったかもしれない」

 その後、ビザ取得の問題に直面する。弁護士に相談すると、投資して自分の会社を作るとビザが取れると言われ、91年4月に会社を設立した。

「フルートを作るにはいろいろな機械が必要だが、新品を買うと高いので、すべて中古を買って自分で修理をし、フルート制作に特化した機械に変えた。それでも1千万円は投資した」

 ようやく1本目ができたのが会社を作って1年後だった。幸運だったのは、渡米前に、懇意にしていた東京・銀座の山野楽器に、アメリカでフルートを作ることを伝えると、作ったフルートはすべて買うと約束してくれたことだ。月に3、4本のペースで作り、できたものはすべて日本に送ることで生活に窮することはなかった。

 ゴールウェイ氏との邂逅は2005年3月のこと。カナダのバンクーバーで開かれたフルート・フェスティバルのメインゲストとして、ゴールウェイ氏が招請を受けていた。

「私が作ったフルートを2、3本持っていって、ブースにいたら、ゴールウェイがやってきて、すでに自分が持っていた複数のフルートと吹き比べを始めた。気がつくと、多くの人が集まっていた」

 ゴールウェイ氏は、吹き比べをするたびに集まった聴衆に品評を求めたが、「ナガハラのほうがいい」という評価が多かった。その夜、「7月のツアーまでに作ってほしい」と、永原さんに制作を依頼したという。

AERA 2015年3月30日号より抜粋