東京・新宿の本社内にて。朝はブルゾンに長靴の社員たちが、昼はスーツ姿に変身する。松田の自宅マンションで机一つで始めた会社は、25人を抱えるまでになった(撮影/伊ケ崎忍)
東京・新宿の本社内にて。朝はブルゾンに長靴の社員たちが、昼はスーツ姿に変身する。松田の自宅マンションで机一つで始めた会社は、25人を抱えるまでになった(撮影/伊ケ崎忍)
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 ITと独自の物流網を武器に、「旧態依然」の鮮魚流通に挑む男がいる。鮮魚流通の「八面六臂(はちめんろっぴ)」を率いる松田雅也(まさなり)(33)。八面六臂は、ITで鮮魚流通の常識を打ち破ろうとするベンチャー企業だ。

 ビジネスモデルとしては、まず契約を結んだ飲食店に独自に開発した鮮魚受注アプリをインストールしたiPadを無償で貸与。注文パターンや顧客データを分析し、毎日の注文を予測できるようにする。一方で全国の漁師、産地、市場、中間業者からはその日の鮮魚情報を収集しデータベース化。「入荷情報」は、毎日顧客のiPadに届けられ、魚種、産地、サイズ、価格などの情報が写真付きで表示され、これを見ながら顧客は画面をタッチするだけで鮮魚を注文することができる。

 さいたま市の北にある上尾市の居酒屋「仙人のびすとろ」は一昨年夏、知り合いの飲食店の紹介で八面六臂のシステムを導入した。店長の吉川和寿(かずとし)は使い始めて、これまでとはまるで違う発注システムに驚いた。

「指先一つで、鮮度バツグンの魚が注文できます。珍しい魚もあるんです」

 1匹から注文できるのも魅力。「仙人のびすとろ」は、以前はマグロ、サーモン、タイといったどこの居酒屋にもある定番の魚を扱うあまり特徴のない店だったが、八面六臂の導入後は明らかに周囲の店と差別化できるようになった。鮮度を売りにした海鮮丼や旬の魚の刺し身定食などが受けて、ランチを中心に3割近く客が増えたという。

 八面六臂の取引店舗数は年3倍ペースで伸びていき、3月末時点で東京、神奈川、埼玉などに約500店。今年は栃木や群馬などの北関東を中心に広げていき、年内1千店を視野に入れている。事業目標は16年までに3兆円の0.1%を占める年商30億円、20年には10%の3千億円を掲げている。

 イノベーションは、創造と同時に破壊も引き起こす。そのことは本人も重々承知している。

「僕らのビジネスを既存の市場のパイを奪う商売と勘違いする人がいます。もちろんその側面はあるが、たとえば山奥にあるホテルに鮮魚を納めている業者はいまはいない。それを行うことは『市場の創造』に近い」

 いま松田は、海を越えその先の世界を見据えている。

 海外での和食のニーズは高く、すでにアジア、ASEAN諸国、アラブ首長国連邦のドバイなどから「日本のおいしい魚を届けてほしい」というオファーが来ているという。今年か来年のうちにはビジネスとして形にしていく考えだという。

「たとえば、ムスリムの人が普通に鮮魚を食べるようになる。そういう世の中にすることが目標ですし、そうなれば日本人として誇らしいですよね」

「八面六臂」は、「あらゆる分野で目覚ましい活躍をする」という意味。松田自身がこの言葉を体現すれば、鮮魚界に「流通モンスター」が出現するだろう。

AERA 2014年4月14日号より抜粋

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