クリミア半島をめぐり、緊張状態にあるロシアとウクライナ。そんな中、ロシア側が初めて譲歩する姿勢をみせた。その背景にあるものとは。
「司令官を解放せよ」
ロシアが、ウクライナからのクリミア半島併合を決めた直後の3月20日、ショイグ・ロシア国防相はクリミア自治共和国政府に、こんな緊急要請をした。
19日にロシア側の武装勢力が、半島に艦隊基地があるウクライナ海軍のハイドゥク司令官を拘束、連行していた。「市民に向けた武器の使用を伝えた」疑いだった。要請後、まもなく司令官は解放された。
これは、武力を背景にクリミア半島を取り返す強硬策を続けてきたロシアが、初めてウクライナ側にした譲歩である。なぜ、これほどあっさり譲歩したのか。それを説明するキーワードは「水」だ。
司令官の連行を受けてウクライナのトゥルチノフ大統領代行は、「司令官を解放しなければ、しかるべき技術的な措置を取る」と警告した。「技術的な措置」とは、ウクライナ本土から半島に供給している水、電気、天然ガス、通信などインフラの一切を指す。
半島はウクライナ本土とペレコープ地峡で結ばれている。その幅はせいぜい数キロしかない。そこに用水路、ガスのパイプライン、送電線、鉄道、道路が集中している。電気の9割、水の7割は本土に依存しているといわれる。ウクライナが豊かな水量を誇るドニエプル水系からの送水を打ち切ると、たちまち半島は干上がってしまう。
このためロシアは、半島が東部でロシア本土と向き合うケルチ海峡に、橋と合わせて送水管などのインフラ施設も整備する予定だ。だが、電気やガスはともかく、半島の200万住民をドニエプル水系から切り離して送水管だけでまかなえるかどうかは、はなはだ疑わしい。
つまり、水などのインフラを使ってゆさぶられる可能性を完全に消すには、半島の先のウクライナ本土も押さえる必要がある。半島の併合後も、ロシアがウクライナ東南部への軍動員を認める上院の許可を取り消さない背景には、表向きのロシア系住民保護の題目のほか、こうしたことも指摘されている。
※AERA 2014年3月31日号より抜粋