◆原因不明疾患に関係か

 貯水槽の他にも、水がたまる蛇口やシャワーヘッドなども、彼らのすみかになっていると、笹原氏は指摘する。

 従属栄養細菌が直接病気をもたらすことはあるのか。

「病気を引き起こす菌ではないと言われていますが、それはまだ私たちに科学的な知識が乏しいだけなのかもしれません。原因不明の疾患にはいろいろと複合要因が重なって起こっている可能性があり、これらの原因の一つとして、細菌の長期曝露も関係しているかもしれません」(笹原氏)

 いずれにしろ、長期間滞留した「死に水」が衛生的によくないことはわかっている。衛生的な水を飲むには、蛇口から出る水の残留塩素濃度(0・1mg/L)を確保することが重要だ。

 10トンを超える貯水槽の管理者には、年1回の水質検査が義務づけられている。飲料水の水質基準を定める厚生労働省は5年前に、専門家からの提言を受けて、従属栄養細菌を水質管理の指標に加えた。が、大腸菌のように検査義務の対象ではない。水道課は、「早川教授の昨年度までの研究成果は、貯水槽水道の清掃、点検、水質管理等をしっかりやらなければいけないことを改めて示していると考えています」とするが、直ちに検査項目を見直すことはないという。

◆貯水槽の管理は住民

 水道水を各家庭に届ける水道事業者は、従属栄養細菌を、どう認識しているのだろうか。

 ここで、貯水槽の管理責任の所在を確認しておきたい。自治体など水道事業者の管理責任は、貯水槽に届けるまで。マンション施設内の貯水槽の管理、水質検査などの義務は住民側にある。

 東京都水道局は、02年の水道法改正を受けて条例を改正し、貯水槽の水質管理に取り組み始めた。水道水の中の残留塩素の実態を調べ、その対策を探る検討委員会を立ち上げ、昨年末には報告書をまとめた。

 04年度から09年度にかけて、都内のすべての貯水槽約22万件を対象に、点検調査を実施。しかし、実際に点検調査できたのは約10万件(46・5%)にとどまった。点検項目は、受水槽の外観、水温、残留塩素、色度などだ。

 注目すべきは、現地で計測した有効容量と使用水量からの受水槽での滞留時間(水槽内の水の回転数)の推定だ。貯水槽の容量は、水槽内の水を半日程度で使い切るように設計するよう求められているが、都内では4万5千件の滞留時間が基準を上回っていた。貯水槽内の水の滞留時間は点検を義務づけられていない。そのため、大半のマンションでは、貯水槽内の水道水の滞留時間を把握できていないのが実情だ。

 マンション管理会社をいくつか経て、現在は大手マンション管理会社に勤務する久保木利男さん(仮名)は、様々な貯水槽の現場を見てきた。

「貯水槽が10立方メートルを超える場合は年に1回の点検と清掃、水質検査が義務づけられていますが、10立方メートル以下だと、まずやらないし管理は非常にズサンです。築30年以上の古いマンションや、管理会社が入っていない自主管理のところも危ない。それとオーナーがそこに住んでいない投資用のワンルームマンションなどは、水の衛生に対する意識も低い傾向があります」

◆自治体は直結方式推進

 衛生観念の乏しいオーナーには呆れるばかりだが、自宅の水に疑問を持ったら、分譲ならば管理組合に、賃貸ならば仲介・管理会社に相談するといい。

 貯水槽の水道水の塩素が消費されないようにするためには、(1)配水管から各戸の蛇口に直結給水する方式に切り替える(2)貯水槽の点検と清掃、水質検査を年1回実施する(3)貯水槽内の水道水の回転率を上げて長く滞留しないようにする--の三つの対策がある。

 直結方式は、東京都をはじめ多くの自治体が推進している。これは、増圧ポンプを設置するなどして、水を屋上に上げずに、直接蛇口まで給水するものだ。

 厚労省によると、貯水槽が10立方メートルを超えるもので、検査を実施しているのは約8割。さらに、義務化されていない10立方メートル以下は、1割未満という。

 こうした現状に、独自の規制措置を導入する自治体もある。

 横浜市は、条例を改正して11年度から地下式受水槽については容量に関係なく年1回の検査を義務づけている。

 「概ね昭和50(1975)年以前に建てられたマンションなどでは、地下式受水槽に隣接して汚水槽や排水槽が設置されている場合があり、老朽化した汚水槽や排水管から受水槽への汚水漏れ事故が後を絶たないことが背景にあります。地下式に限らず受水槽方式には、一定のリスクがあります。例えば年1回の検査を終えた翌日におかしくなることもあり得るので、日常的な管理が必要です。市民からの相談には最終的には『直結』をお勧めしています」(同市健康福祉局健康安全部生活衛生課)

 貯水槽の水の回転率低下の背景には、現代人の生活スタイルや社会状況の変化も関係している。例えば節水機能の高い水洗トイレや洗濯機の普及、いつの頃からかペットボトル入りの水が好まれ、原発事故以来急速に普及したウオーターサーバー。共働きがほとんどで昼間は留守宅ばかりのマンションは多い。少子化もそれに拍車を掛けている。それらによって想定を下回る使用量で水の回転率が低くなり、滞留時間が長くなる。

 前出の笹原氏は、こう話す。

「従属栄養細菌の増殖は、むやみに便利になったことが招いたのではないでしょうか」

AERA 7月8日号