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アンジェリーナ・ジョリーが行ったことで注目度が高まった、がんの予防的措置としての乳房切除だが、未発症の段階で両胸を切除した例は、国内ではまだない。ただ、片方の乳房のがんを切除した時に、もう片方の、まだがんを発症していない乳房を、予防のために切除する選択をした女性たちは、少しずつだが出てきた。
背景には、乳房全摘後に行う、乳房再建術の進化がある。予防とはいえ、まだ健康な側の胸を「全部取る」からには、「きれいに創る」技術がセットでなければ、あえてメスを入れる選択には、なかなか踏み出せない。シリコン製の人工乳房に、材質や多彩な形状のメニューが広がったことで、「自然できれいな胸」の再現が可能になった。
都内で働く女性(40代)は9年前、両胸を全摘し、同時に再建する手術を受けた。健康な側の胸の「がんの予防」と、人工乳房で左右対象の自然な仕上がりにしたいという美容の意味合いとを兼ねて選択した。
「人工物を入れているため、胸の感覚は鈍ったけれど、水着も着るし、美的な意味での満足度は高い。選択してよかった」
ただ、「費用は高かった」という。日本では人工乳房とその再建手術には保険が適用されてこなかったので、すべてが自費だった。
乳房再建はようやくこの7月から保険適用となったが、これまで自己負担で100万円近くかかっていた。ただ今回、保険適用になったのは、旧型の円形のもので、その人にあった形が選べず、しなりやすい。実際、自費診療の乳房再建を選ぶ女性のほとんどが選ぶという、後発の、より自然な乳房の形に近い「しずく形」の方はまだ製造販売の承認申請中で、適用にはなっていない。予防的切除後の乳房再建の場合も保険は使えない。
予防的切除のメリットは言うまでもなくがんの発生リスクを大きく減らせること。いつがんができるかわからないという不安を和らげられたと話す人は多い。
一方、乳がんの予防的切除を受けた後、「がんにならなかったかもしれない乳房を傷つけてしまって本当によかったのか」と自問する人もいる。
「葛藤のなかで選択をした人の心理は、とても複雑。手術を受けた後も、継続的なケアが必要です」(聖路加国際病院の山内英子・ブレストセンター長)
※AERA 2013年7月15日号
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