●ビル・ハリス(1916‐1973)
ビ・バップへの橋渡し役
トロンボーンのモダン化において、橋渡しの役をになったのは、黒人ではトラミー・ヤング(1912‐1984)、白人ではビル・ハリスだ。ジミー・ランスフォード楽団のスターだったトラミーは、音域と力感を拡張し、ソロ楽器としての表現力を高めた。トランペットのロイ・エルドリッジにも擬せられる存在だ。ただ、影響力がおよんだのはJ・J・ジョンソンあたりにとどまり、それもヒントの域をこえるものではなかったと思う。影響‐被影響というテーマには、多くの白人モダン派がモデルにしたハリスのほうがふさわしい。
ハリスは38年にプロ入りし、二三のビッグ・バンドを経て、43年にベニー・グッドマン楽団に加わる。手元にある当時の録音に、ハリスの姿は見あたらない。44年5月のジョー・ブシュキン(ピアノ)のセッションで初期の姿を知ることができる。ヴィック・ディッケンソン系のオーソドックスなスタイルだ。6日後の先輩トロンボーン奏者(ベニー・モートン、ディッケンソン、クロード・ジョーンズ)と競演したセッションでも同様で、ハリスの識別を難しくしている。まだ彼らスウィング派と一線を画する存在ではなかった。
ジキルとハイドさながら
前後してハリスはウディ・ハーマン楽団に入り、モダン・スウィングというべきスタイルを築きあげていく。アップ・テンポはリズミックに、バラードはメロドラマチックに、出来あがったスタイルは45年1月の同僚チャビー・ジャクソン(ベース)のセッションにとらえられている。ジキルとハイドさながらのスタイルは時流にのり、40年代を通じて人気投票の首位を独占した。決してバッパーではなかったが、ビ・バップ流のエキサイティングな演奏は新しいファンに、情緒たっぷりの演奏は旧いファンに支持されたのだろう。
ビ・バップの衰退と歩をそろえるように、50年代に入ると人気は傾き、60年代には引退も同然となる。人気というものの脆さもあるが、本質的にモダンではなかったから、本物の台頭の前には無力だったと見るべきだろう。とはいえ、ハリスをモデルにした白人は数多い。バッパーではアール・スウォープ、ウェスト・コースト派ではミルト・バーンハート、イースト・コースト派ではエディ・バート、フランク・リハーク、アービー・グリーンがいる。最大の存在は、JJとともにモダン奏法を確立したカイ・ウィンディングだ。
●カイ・ウィンディング(1922‐1983)
伝統派の白人バッパー
デンマーク生まれのカイは、34年に家族とともにアメリカに移住した。40年にプロ・デビュー、二三のビッグ・バンドと沿岸警備隊のバンドで活動したあと、45年にグッドマン楽団に参加する。カイは、いち早くビ・バップの渦中に飛びこむことを黒人側から許された、数少ない白人だった。当時の姿は45年12月の初リーダー・セッションにとらえられている。楽想はビ・バップだが、スタイルはスウィングから脱しきれていない。咽喉をゴロゴロ鳴らすようなトーンとリズミックなアプローチに、ハリスからの影響が見てとれる。
カイはトロンボーンの伝統をふまえたうえで、バップの語法をとりこんでいった。JJが急進派なら、カイは漸進派だったといえる。無機質におちいらず歌心に溢れる一方で、古風な野暮ったさがチラついたのも無理はない。スウィング色を払拭し、バップの語法を消化したカイの雄姿は、48年11月のタッド・ダメロン楽団の放送録音にとどめられている。なかでも《アンスロポロジー》はカイのバップ期を代表する名演だ。JJに一歩もひけをとっていない。ただ、あくまでもバッパーで、依然としてハリスの影もとどめていた。
白人モダン派の源流
カイが脱ビ・バップをはたすのは51年5月のリーダー・セッションで、ここからハリス色も薄れていく。ただ、完成とはまだ隔たりがあった。転機はJJとチームを組む54年に訪れる。際物になりかねないトゥー・トロンボーン・チームは音楽的にも商業的にも成功をおさめ、たがいに好ましい影響もあたえあった。録音順に聴き進めると、ソロ構成に難のあるJJがカイ流の歌心を、野暮ったさの残るカイがJJ流のスマートさを身につけていく様子がわかって興味深い。二人の識別に困ることがあるのは、そうした事情による。
56年にJJとのコンビを解消すると、カイはフォー・トロンボーン・セプテットを断続的に率いて好盤ないし快盤を残すが、62年からはプレイボーイ・クラブの専属におさまってしまう。一方のJJは生涯の名演を連発し、王者の名を欲しいままにする。カイが二番手に見られがちなのは、そうした決定打を欠くからだろう。しかし、それと影響力は別で、ハリスのところであげた面々をはじめ、カイと同様にハリスをモデルにした白人たちは、やがてカイをモデルにするようになった。白人モダン・トロンボーンの源流はカイだ。
●J・J・ジョンソン(1924‐2001)
バッパーまでの道のり
JJは41年にクラレンス・ラヴ楽団でプロ活動を始め、42年から45年まではベニー・カーター楽団に在団している。42年から43年にかけての放送録音が残されているが、聴く機会を得ていない。43年12月にキャピトルに録音された《ラヴ・フォー・セール》でソロをとっている。わずか12小節、原曲にほぼ忠実に吹いているので、影響源を知る手がかりとしては弱い。ここでは、小さなヴィブラートとスムースなスライディングに見られるJJらしさの萌芽と、9小節目で繰り出すJJそのもののフレーズに注目すればいいだろう。
44年7月に出演したJATPの初コンサートの録音は、JJの源流を知るうえで格好の手がかりになる。《レスター・リープス・イン》でのホットなソロは、JJがJ・C・ヒギンバッサム‐ディッキー・ウェルズ‐トラミーという系譜につらなることを教えてくれるし、《ティー・フォー・トゥー》ほかでのスマートな感覚は、大きな影響をうけたとされるフレッド・ベケットに通じるものだ。もちろんモダンなスウィングにとどまり、45年から46年まで在籍したカウント・ベイシー楽団でのソロも、多くはその延長線上にある。
トロンボーンのガレスピー
ベイシー楽団を退団する直前の46年2月に録音された《ランボ》でのソロは、バップ風とよべる先進的なものだ。退団後にJJは52番街に進出し、バッパーへの転身をはたす。そもそも伝統的奏法に関心のなかったJJは、バップの語法をダイレクトにとりこみ、それまでと隔絶したスタイルをもってトロンボーンに革命をおこした。6月の初リーダー・セッションと12月のエスカイヤ・オール・アメリカンズによる《インディアナ・ウィンター》で見せた創造性と技巧は絶賛をあび、のちにトロンボーンのガレスピーと評される。
しかし、これは「一応の」完成にすぎなかった。スピーディーな演奏ではトーンが貧弱になり、ソロの後半で少なからず言いよどみが見られるなど、スピードとソノリティと構成のバランスがとれていなかった。47年12月のチャーリー・パーカー(アルト・サックス)のセッションでミュートを採用したのも、苦肉の策だと見ている。スピードとソノリティの問題は48年に解消され、構成力がカイとチームを組むことで改善されていったことは既に見たところだ。当時のJJが「私はカイになりたい」といったかどうかは知らない。
JJの白人への影響力はカイにはおよばないが、それでもウェスト・コースト派で超絶技巧を誇ったフランク・ロソリーノがいるし、イースト・コースト派のジミー・ネッパーとボブ・ブルックマイヤーにも痕跡が認められる。黒人はすべからくJJをモデルにしたといっていいだろう。イースト・コースト派ではJJの跡目と見られつつもスタジオ・ワークに埋没してしまったジミー・クリーヴランドが、ハード・バッパーではカーティス・フラーとジュリアン・プリースターが、新主流派ではグレシャン・モンカー三世がいる。
●カール・フォンタナ(1928‐2003)
知られざる最後の大物
50年代の半ば以降、カイやJJをモデルにして優れた奏者が輩出した。そのなかで最も影響力があったのは誰か?という問いは、なかなかの難問だ。あれこれ検証した結果、ウェスト・コースト派の白人、カール・フォンタナに行きあたった。フォンタナは51年にハーマン楽団でプロになり、その存在を知られるところとなる。53年まで在団したが、彼のソロだと特定できるのは52年7月の《モーテン・スウィング》ほか2曲だけだ。渋めのトーンとノン・ヴィブラートは別にして、軽妙な語り口はカイの流れをくんでいると思う。
55年にスタン・ケントン楽団に入団し、7月20日の《ライムライト》でフィーチャーされた。やや張りのある軽やかなトーンはアービー・グリーンに通じるが、矢つぎばやに速射されるスマートなフレーズに誰かの影はうかがえない。フォンタナの技巧はあらゆる奏法を高度に集積したような華麗なものだが、それを感じさせない自然な歌心に溢れている。難しいことを難しく響かせない、真の技巧というものだ。完成したスタイルと「超舌」技巧は、カイのトロンボーン・セプテットのライヴ盤(57年6月)で聴くことができる。
白人モダン派の粋を集めたようなスタイルが、白人奏者にとって究極の理想形に映ったとしても不思議はない。どちらが師匠か判断しかねるが、似たタイプにカイのセプテットで同僚だったウェイン・アンドレがいる。後継の筆頭は、ハイテクで知られるビル・ワトラスだろう。ミュージシャンズ・ミュージシャンというべきか、プロ、アマチュアを問わず多くのビッグ・バンド在団者がフォンタナを手本にしてきたと聞く。広範な影響をあたえた最後の?大物かもしれない。知名度の低さや読者の疑念を省みずとりあげた次第だ。
次回はアルト・サックスに移らせていただく。
●参考音源
[Bill Harris]
Commodore Showcase/V.A. (44.5 Commodore) LP
The Happy Monster/Chubby Jackson (45.1 Cool & Blue)
The Thundering Herds/Woody Herman (45.2-46.12 CBS) 3LPs
[Kai Winding]
Loaded/V.A. (45.12 Savoy)
Fats Navarro (48.11 Milestone)
Bop City/Kai Winding (51.5 Cool & Blue)
Jay & Kai (54.8 Savoy)
[J.J.Johnson]
Jazz At The Philharmonic "Body and Soul" (44.7 Jasmine)
Count Basie 1939-1951 (46.2 CBS/Sony)
J.J.Johnson's Jazz Quintet (46.6 Savoy)
Jay & Kai (54.8 Savoy)
[Carl Fontana]
The Third Herd Vol.1 & 2/Woody Herman (52.5-53.5 Discovery) LP
Contemporary Concepts/Stan Kenton (55.7 Capitol)
The Complete Ohio Sessions/Kai Winding (57.6 Lone Hill)