尖閣問題の政府公式見解に反して、領有権問題の存在を認める文書があった。日中間の緊張は続くが、意思疎通を図れるパイプ役は見つかりそうにない。

 時の外相、小渕恵三氏に宛てられた一通の書簡がある。差出人は、当時の徐敦信・駐日中国大使。内容はこうだ。

「日本国民に対して、当該水域において、漁業に関する自国の関係法令を適用しないとの意向を有している」

 1997年に締結された日中両国の排他的経済水域(EEZ)での漁業活動のルールを定めた新日中漁業協定の付属文書。「当該水域」には尖閣諸島周辺のEEZが含まれ、小渕外相からも徐大使宛てに、同水域で中国国民に日本の関係法令を適用しない旨の書簡が送られた。

 日本政府は一貫して、

「歴史的にも国際法上も日本固有の領土であり、他国との領有権問題は存在しない」

 という公式見解だ。だが、そもそも領土問題が存在しないというならば、尖閣諸島が中国の管轄であることを前提とする徐大使の書簡を受理することも、それに対する返事も許されないはずだ。

 元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは、こう批判する。「この書簡から、日本政府は中国との間に尖閣諸島をめぐる係争の存在を認めていたことがわかる。この内容は、日本政府は尖閣諸島の管轄権の一部を自発的に放棄していると解釈できるこの協定では水域を示すだけで尖閣諸島の名前が出ていないが、外務官僚、とくに外務省の中国語研修組である「チャイナスクール」が隠したとみられ、この書簡の存在すら多くの人に知られることがなかった。日本国民には何の説明もないまま中国との間に了解があったということだ」

 これに対し、外務省は、「協定は日中間の漁業秩序を構築するためのものであり、尖閣諸島の領有権とは関係がない」

 とする。

 尖閣諸島をめぐる日中関係の緊張から、両国政府の主張の隔たりの大きさと意思疎通の不十分さが改めて浮き彫りになった。

AERA 2012年10月8日号

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