TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、舞台「ねじまき鳥クロニクル」について。
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村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」アシスタントの坂本美雨さんと、プレスペシャルのDJをお願いしている作家の小川哲くんと一緒に池袋に出かけて行った。春樹さん8作目の長編小説を原作とする舞台「ねじまき鳥クロニクル」を観るためだ(東京芸術劇場プレイハウス 2020年2月16日)。コンテンポラリー・ダンスと音楽とセリフが交じり合い、俳優やダンサーとともに夢の中を漂うような舞台だった。
「村上春樹さんの小説は精神と感情の宇宙であり、壮大で吸い込まれるような世界」と今回の舞台を創り上げたイスラエルの奇才、インバル・ピントは語る。
彼女は「無限にあるアプローチ」の中から1年をかけて構想を練り、原作の小説を読み込み、組み直し、それぞれのシーンでダンサーと俳優たちに身体の動きとセリフをつけていった(僕たちが「村上RADIO」を立ち上げる時も、チーム全員が村上作品を読み込み、音について語り合ったことを思い出した)。
演劇とは不思議な空間だ。舞台「ねじまき鳥クロニクル」では俳優、ダンサー、ミュージシャンとワークショップを重ね、「心と体の関係性」に注目した精緻な身体化で、村上文学が意識と無意識の間に密かに設定した狂気や裏切り、人間の不条理、亀裂を明らかにする。インバル・ピント(共同演出はアミール・クリガーと藤田貴大)の挑発に僕は席から身を乗り出した。
ステージには春樹さん独特のパラレルワールドを象徴させるシンメトリーな壁がある。その空間で、なまめかしく長い女の脚だけが横から出てきたり、顔を隠し長い髪のワンピース姿の女性に扮した男性が何人も踊ったりするが、様々な群舞はさながら路上のダンス・パフォーマンスのようであり、深い意識の底の出来事のようでもあった。