プロ野球ニュースが終わり、午前1時ごろから取材が始まる。取材と言っても、当方にチエがある訳ではない。たとえば野球中継をラジオで聞いていると、解説者が「今のコース、バッターは手が出ませんね」と言う。一介の素人の私は「ならば、どうしてそのコースに3球続けて投げて、三振に打ち取らないのか」と思う。
3球続けない理由を野村さんに聞く訳である。「週刊朝日」は、野球の素人が読む雑誌である。読者のことを考えれば、“業界用語”は困る。素人にもわかるように、かみ砕いて普通の日本語にしなければならない。後に野村さんは、
「プロ野球記者なら常識のようなことばかり聞かれるので困った。おかげで頭が薄くなりましたよ」
と言ったが、私は私で、野村さんの野球用語を普通の日本語に“翻訳”する作業が一苦労で、私の方は白髪が目立つようになった。
“翻訳”以上に大変だったのは、野村さんの口が異様に重いことである。
一つ質問をすると、ダンマリが延々と続く。私は取材にテープレコーダーを使わない主義だったが、もしテープレコーダーを回していたら、私の質問の後、15分近く無音の状態が続いたろう。
しかし、野村さんの眼力にはうなるしかなかった。
広島カープのクリーン・アップに山本浩二選手が君臨していた時である。野村さんに言わせると、山本選手は一球ごとにヤマを張るタイプで、見ていると真ん真ん中のストライクでもあっさり見逃して三振するのはそのせいだと言う。そこで、後楽園の広島対巨人戦で一球ごとにどんなボールにヤマを張っていたか、見てもらうことにした。
その翌日、カープの定宿の品川のホテルのコーヒー・ハウスで山本選手にインタビューを申し込んだ。
山本選手はいかにも眠そうな目をして現れた。明らかに不機嫌である。
「昨夜の巨人戦で、あなたはこういうボールにヤマを張っていたと、野村さんは言うのですが、当たっていますか」
と言って、一球ごとの狙い球を書いたメモを見せると、見る見る目つきが変わり、こう言ったのである。