五木寛之さん(左)と大竹しのぶさん (撮影/写真部・加藤夏子)
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[左から]大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)1957年、東京都生まれ。73年、芸能界デビュー。75年、映画「青春の門」にヒロイン織江役で出演。ラネーフスカヤ夫人を演じる、シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV「桜の園」は2020年4月に上演/五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年、福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学ロシア文学科中退。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。最新刊は『新 青春の門 第九部 漂流篇』 (撮影/写真部・加藤夏子)

 1969年の連載開始から50年、作家・五木寛之さんが描き続けるのが『青春の門』だ。75年の映画化の際、ヒロイン・織江役に抜擢された大竹しのぶさんと五木さんが対談を行った。前編では、五木さんの著作や原動力について語り合ったが、話は“歌”へ……。

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【前編/五木寛之と大竹しのぶが語る“原動力”「他力は自力の母」】より続く

五木:大竹さんが、僕の本を読んでくれていたなんて、うれしいです。あの織江ちゃんがねえ(笑)。

大竹:私も、今もときどき人から「織江ちゃん」と呼ばれることがあるんですよ。とにかくその天国の考え方が、今も強烈に記憶に残っていまして。みんな優しくなりましょう、ハッピーになりましょうと言ったほうが、わかりやすい。でも、そうじゃないところから見ている視点がおもしろかった。たしかに、苦しいことや悲しいことを知っているほうが、優しくなれる部分、ありますよね。

 先生はああした視点を、経験から学ばれたのでしょうね。

五木:僕はほとんど耳学問で育ってきたんです。こうやって対談して、いろんな人の話を聞くのが勉強。すべて「耳学問」なんです。古い言葉で「面授」といいますけど。まあ、多少は活字も読みますけど。

大竹:多少、なんですね?

五木:今日の大竹さんも先生(笑)。最近特に、なぜか織江のことが気になるんです。山崎ハコさんが歌った「織江の唄」の中に「織江も大人になりました」という歌詞があるけど、本当に大人になったね(笑)。いつか小説のなかでも織江を、大竹さんのように紅白に出させようと思っている(笑)。僕のなかで抜群に歌がうまい女優さんというと、まず大竹さんですから。

大竹:先生が、私が歌を歌っていることを知っていてくれるなんて……うれしいです。私も歌を聴いてくれる人がいる限り、歌いたいなというのが最近の目標になっているんですよ。ツアーも多くはできないんですけどやっていて、音楽は直接的にお客さんとつながれる感じがして。先生も音楽と関わっていらっしゃいますよね。

五木:両親は教師でしたけど、軍国歌謡が全盛期の戦争中に、母親はひとりでオルガンを弾きながら、「雨降りお月さん」などの童謡を歌っていたような人でした。僕がそのころの童謡をよく知っているのはそのせいだと思います。

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