五木寛之と大竹しのぶが語る“原動力”「他力は自力の母」 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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五木寛之と大竹しのぶが語る“原動力”「他力は自力の母」

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[左から]大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)1957年、東京都生まれ。73年、芸能界デビュー。75年、映画「青春の門」にヒロイン織江役で出演。ラネーフスカヤ夫人を演じる、シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV「桜の園」は2020年4月に上演/五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年、福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学ロシア文学科中退。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。最新刊は『新 青春の門 第九部 漂流篇』 (撮影/写真部・加藤夏子)

[左から]大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)1957年、東京都生まれ。73年、芸能界デビュー。75年、映画「青春の門」にヒロイン織江役で出演。ラネーフスカヤ夫人を演じる、シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV「桜の園」は2020年4月に上演/五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年、福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学ロシア文学科中退。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。最新刊は『新 青春の門 第九部 漂流篇』 (撮影/写真部・加藤夏子)

五木寛之さん(左)と大竹しのぶさん (撮影/写真部・加藤夏子)

五木寛之さん(左)と大竹しのぶさん (撮影/写真部・加藤夏子)

「青春の門」で映画デビューした大竹しのぶさんと、原作者の五木寛之さんが四十数年ぶりに語り合った。表現者ふたりは、2020年に何を思うのか。

【大竹さんと五木さんのツーショット写真はこちら】

五木:これまでちゃんとお話しする機会がなかったのは不思議ですね。あなたも対談書をお出しになってるし、僕も対談はもう何十年もやってきてるんですけど。

大竹:本当にどうしてでしょう。でもこうやってお会いできて、とてもうれしいです。だって私、先生と最初にお会いしたのって……。高1のときの「青春の門」のオーディションが最初だったんです。最終オーディションだと思うんですけど、五木先生と浦山桐郎監督に面接されて、「前髪をあげてごらんなさい」と言われて(笑)。

五木:えっ、ぜんぜん記憶にないけど(笑)。

大竹:そうしたら「横顔は浅田美代子だね」と言われたんです(笑)。美代子ちゃんがちょうどすごく人気があるときで。

五木:彼女が(ドラマ「時間ですよ」で)屋根の上で歌っていたころですね。

大竹:そうです。人気もすごいし、かわいらしい方だと思っていたので、うれしくてうれしくて。あれは75年前後ですから、四十数年……え? 四十数年前? そんなになるんですか。

五木:あの映画で大竹さんが織江を演じて、いろんな賞を山ほどもらわれたのは覚えているけれど。それより僕の記憶にあるのは、筑豊のロケの現場を訪ねたときだよね。たしか青桐旅館という宿にロケ隊が泊まっていて。

大竹:青桐旅館! 田川ですよね。すごくよく覚えています。

五木:玄関を入ると、大竹さんがトントンと階段を下りてきてね、「どなた?」って。そのとき僕が大竹さんに「中学生?」と聞いたんだ。そしたらあなたがプッとふくれて、「高校生です!」と(笑)。

大竹:きちんとお話しするのはその「中学生?」以来かもしれませんね(笑)。

五木:そうだね。お互いいろいろあったけれど、なんとかここまで働いてきた。

大竹:でもぜんぜんお変わりになりません。お会いして、まずそれに本当に驚きました。

五木:いやいや、僕は87歳ですから。大竹さんこそ、変わっていない。そのちょっとはにかんだような話し方も、当時のままだよね。


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