TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は「育ちの良さを感じさせる妻夫木聡、演技の懐の深さとは?」。
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「(作品を読むと)心がほとびる。柔かい気持になって、やっぱ、おせいさんはいいなあ」とポンちゃんこと、山田詠美さんが追悼文を寄せた(日本経済新聞6月12日)田辺聖子さん。「おせいさん」の小説が映画化されたが、その中の『ジョゼと虎と魚たち』で僕は妻夫木聡を知った。育ちが良くどこまでも誠実で、自分に正直な役まわりだった。
足が不自由で歩けないジョゼ役の池脇千鶴と共演、世の中にはどうにもならないことがあるのだと知ってゆく若者を好演し、何度見ても涙なしにはいられない。
映画『大鹿村騒動記』に原案者としてかかわったことで、主演された故・原田芳雄さん宅での年末の集いに伺うようになったが、何年かして妻夫木さんがやってきた。石橋蓮司さん、岸部一徳さん、佐藤浩市さん、映画監督の阪本順治さん、李相日さんら並みいる先輩たちの席をすっと離れたかと思いきや、仏壇の前で正座して原田芳雄さんの遺影に手を合わせていた。彼の姿が僕の心に残り、後日その話に及ぶと「とんでもないです。遅くに駆けつけてしまったので、遅れてすみませんでしたとご挨拶したまでです」と言った。
その妻夫木聡さんが主演するコメディ『キネマと恋人』を観た(ケラリーノ・サンドロヴィッチ台本・演出、東京・世田谷パブリックシアター)。
梟(ふくろう)島と名付けられた小さな島の、これまた小さな映画館で『月之輪半次郎捕物帖』が上映されている。間坂(まさか)寅蔵という侍が妖怪退治に立ちまわるのだが、彼の熱烈なファンが緒川たまき演じるハルコである。
癒やしキャラで、何ごとにも優しい間坂寅蔵が「まさか、まさかの、間坂寅蔵」と見得を切ると、横暴な亭主を持つ寂しいハルコはスクリーンに向かって拍手喝采。この間坂と、間坂を演じる、人は良いが小心者で人気も今ひとつの俳優・高木高助の二役を妻夫木さんがこなす。侍姿でスクリーンに出ている自分の分身と絡みながらの演技に、客席のいたるところで抱腹絶倒。古川ロッパやエノケンが活躍した昭和という時代設定と、いかにも育ちの良さそうな妻夫木さんの笑顔がシンクロして舞台は彩りを増していく。