SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「カベルネ・ソービニヨン」。
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ワインというのは、実にやっかいな飲み物である。そもそも、味がよくわからない。
以前、あるワイン輸入業者が主催する試飲会に招かれたことがあった。フランスからワインの生産者たちを連れてきて、彼らの作ったワインを一緒に味わうという趣向であった。
各テーブルに生産者がひとりずつ座って、取材陣がぐるりと取り囲む。大センセイの席は、エリックという若き生産者の隣であった。
主催者によると、生産者たちはフランス語しか話せないという。しかも、エリックは内気な青年らしく、黙って下を向いている。
大センセイ、度胸はないクセにお調子者であるから、エリックに名前を漢字で書いてあげると、英語で話しかけてみた。
「ユアネーム、カンジ」
「カンジ?」
「カンジ、カンジ」
入門書に、ワインの味は畑で決まると書いてあった。テロワールである。そこで大センセイ、エリックにこんなステキな漢字ネームをプレゼントしたのである。
「恵利区」
「?」
「ゴッドブレス、エリア」
エリックは、大センセイの行為の意味がまったくわからない様子であった。
やがてソムリエが、エリックの作った赤ワインを注いでくれた。取材陣はグラスを回したり、グラスの中に鼻を突っ込んだりして品定めをしている。エリックにしてみれば、通知表を貰うような心境であろう。
大センセイも口に含んでみたが、やたらと渋くてうまいんだか何だかよくわからない。でも、作った人が隣に座っているんである。
「グッド・テイスト!」
エリックがはにかみながら笑顔を浮かべたそのとき、向かいに座っていた女性がヒラリと手を挙げてソムリエを呼んだ。
「ブショネよ。こんなワインを出したら、生産者が可哀想だわ」
「大変失礼いたしました」