●ほんもののギター・テクニック
楽器の演奏技術には、ロック・ギターの早弾きなど、凄いと思わせるけれど意外とカンタンだったり、一部のジャズ・ミュージシャンの、テクニックだけが空回りしているような曲芸技の対極に、音楽そのものに奉仕するまっとうな技術がある。ウエス・モンゴメリーのギター奏法には、テクニックの存在すら意識させずに聴き手を音楽の快楽に誘い込む、ホンモノの力がある。
なぜそう思うのかというと、私自身の体験があるからだ。大昔に初めてウエスの演奏を聴いた時、もちろん良い音楽だとは感じたけれども、ジャズ・マンなら誰でもこんな具合に弾けるものだと勘違いしてしまった。しかし、さまざまなジャズ・ギタリストを聴くうちに、ギターという楽器からこれ程暖かく、しかも小気味よいフレーズを紡ぎだすことがいかに難しいかが分かってきた。
ウエスのテクニックの凄みはそこにある。ジャズ入門者、ギター奏法の門外漢にも、まず音楽そのものの魅力を伝えてしまうのである。そして他のギタリストと聴き比べてみることによって、これ程スムースに心地良くギターをかき鳴らせる人は滅多にいないという事実に驚かされるのだ。
●各種奏法を越えた素晴らしさ
オクターブ離れた音を同時に奏でメロディーを演奏するオクターブ奏法や、コードでフレーズを表現するコード奏法、そしてピックを使わずに親指の腹で弦を弾くことで生れる独特の厚みと暖かさを兼ね備えた音色など、その具体的奏法など知らずとも、それらのテクニックの結果として出てきた音楽が素晴らしいのだ。
『フル・ハウス』はこうしたウエスの高度な技法が、同じくテナー・サックスのテクニシャン、ジョニー・グリフィンとの共演によって、両者の良いところが100%発揮された名演、名盤である。そして驚くことに、この演奏がクラブでのライヴ・レコーディングであることだ。ふつうこうした作品は、ライヴならではの生々しさと引き換えに、場合によってはラフなところや冗長な部分がどうしても出てきてしまうものだ。ところがこのアルバムにはそうした余分なところがまったくない。すべてが充実している。
●サイドマン
それにはサイドマンたちの貢献も大きい。マイルス・グループの腕っこきたちがガッチリと脇を固めているからこそ、ウエスとグリフィンの両雄は心置きなく自分たちの持ち味を発揮できたのだ。とはいえ、ピアノのウイントン・ケリーなど、単なる脇役とはいえない活躍をしており、彼の存在がこのアルバムの価値を高めていることに間違いはない。
聴き所は、優れたミュージシャン同士ならではの息の合いようで、演奏が進むうち、お互いがお互いを高めあい、そしてまさに「グルーヴ(レコードの溝のこと)に嵌る」境地に到達しているところだ。
●経歴
1925年インディアナ州インディアナポリスに生れたウエス・モンゴメリーは、チャーリー・クリスチャンのソロをコピーすることからジャズ・ギターを学び、昼間は工場で働きながら地元のジャズ・クラブに出演していた。1948年にライオネル・ハンプトン楽団に参加するが、ツアーの生活を嫌ったため2年で退団。
1959年に彼の演奏を聴いたキャノンボール・アダレイの推薦でリヴァーサイド・レーベルと契約し、1963年までにこの作品を含む傑作の数々を残した。64年、クリード・テイラーの引き抜きでヴァーヴに移籍し、『ザ・キャット』などのヒット・アルバムを出す。67年クリード・テイラーとともに新興A&Mに移籍し、同社の新レーベルCTIから『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』の大ヒットを出し、ポップ・ミュージシャン並みの知名度を得る。ところがファン注目のさなか、68年、心臓病のため43歳の若さで急死してしまった。
【収録曲一覧】
1. フル・ハウス
2. アイヴ・グロウン・アカスタムド・トゥ・ハー・フェイス
3. ブルーン・ブギ
4. キャリバ
5. 降っても晴れても(テイク2)
6. S.O.S(テイク3)
7. 降っても晴れても(テイク1)
8. S.O.S(テイク2)
9. ボーン・トゥ・ビー・ブルー
ウエス・モンゴメリー:Wes Montgomery (allmusic.comへリンクします)
→ギタリスト/1923年3月6日-1968年6月15日