●同通常盤 同 UPCH-20513
いきなり般若心経の読経という意表を突く幕開けの椎名林檎のニュー・アルバム『三毒史』。その読経もマーチング・ドラムの響き、重厚なブラスやストリングスによる管弦楽の調べやスクラッチ・ノイズにかき消され、英語の歌声が重なる。
再び読経が顔をのぞかせるが、粘っこいブラスの音をバックにした“この世は無常~”というエレファントカシマシの宮本浩次の熱い一声から始まる「獣ゆく細道」にとって代わる。エネルギッシュな宮本の熱唱と、優しく見守る椎名との絶妙の掛け合いがよみがえる。
同曲はじめ、本作に収録の13曲のうち、8曲はTVドラマの主題歌「至上の人生」(2015年)やシングル、配信曲などの既発表曲。そのうち4曲と新曲2曲がデュエット曲というのも話題のひとつだ。
ブラスやストリングスによる管弦楽からミニマルなピアノ・トリオ、コーラスを従えたアンサンブルまで音楽性は多彩だ。明快なメロディーに乗せて矢継ぎ早に放たれる“歌”に、時に目まいを覚えながら、椎名林檎の歌の世界に引き込まれる。
『三毒史』は他のアーティストへの提供曲を主体としたセルフ・カヴァー・アルバム『逆輸入~航空局~』以来1年半ぶり、オリジナル作としては約5年ぶりの新作だ。発表日は19歳の時「幸福論」でのメジャー・デビュー記念日の5月27日。
表題は仏教において克服すべき根本的な三つの煩悩、貪欲(むさぼり)、瞋恚(いかり)、愚痴(おろか)を指し、毒に例えたもの。かねてその三毒をテーマにしたアルバムをという思いから“この世に生を受け、欲を自覚して、渇望したり、絶望したり、しかし結局自ら学ぶ人の道”を書いたという。
アルバムの幕開け「鶏と蛇と豚」は、“三毒”を象徴する動物に由来する。般若心経の読経をかき消す管弦楽やスクラッチ・ノイズは人間の煩悩そのもの。日本語訳によれば、甘い蜜を覚え、貪り続けるうちに俄かに覚える吐き気。“蜜”はまさか“毒なのではあるまいか”と。“愛するのは、自分だけ。目で視て耳で聴いて鼻で嗅いで指で触れて、そして舌で味わった私の体験こそが、何にも代え難く尊い”と歌われる本作の序曲だ。